2.

「古屋さんってあまり目ぇ合わせてこないよね」
「ああ、そういえばそうだね」

トイレで個室を出ようとした時、クラスメイトらしき声が耳に届いた。
それに思わず鍵を外す手を止めてしまう。

「雰囲気もかなり変わってるよね」
「目が合うとすぐ逸らすし、なんか感じ悪くない?」
「言えてる」

軽い調子でそう話しながら出ていって、しばらく経っても出ることができなかった。
思い返せば、たしかに人と目を合わせることが生理的にムリで、すぐに反らしていた。
彼女たちも悪気はなくて、ただの世間話のような感覚で話していたのかもしれない。
でも、それがすごく痛かった。
理由を話したところで、彼女たちは余計に遠のくだけだ。
鐘が鳴っても個室をでることができず、結局教室に戻ったのは昼休みだった。

「古屋さん大丈夫?」
「なんか顔色すごく悪いけど」
「大丈夫」

教室に戻って、まず話しかけてきたのがその二人組だった。
目は合せなかった。ずっと視線を落として、声だけに耳を傾ける。
ああ、こういうのがまずいんだろうな
そう思いながら「気分悪いから今日早退する」と宣言して、自分の席からカバンを取って。
少しざわつく教室を背に、いっそ個性が消えてしまえばいいのにと思った。


「古屋月子ちゃんだよね」

小学生のとき、放課後、普段なら校門で待っているはずの叔母さんがいなかった。
いつも待っている場所に座り込んで待っていると、見知らぬ女の人にそう声をかけられて。
それに素直に頷くと安心したように微笑みかけられて、

「私、月子ちゃんのおばさんの友達なの。今日はおばさん、用事があって来られないから、私が代わりにきたのよ」

人の良さそうな笑みについ"そうなんだ"と納得してしまって、うかうかと着いて行ってしまった。
その辺にあるような普通の乗用車に乗せられて、気付けば眠ってしまっていて。
おそらくその少し前にもらったお茶がまずかったんだろうなと思う。
気付くと一人部屋に寝かされていて、誰もいなかった。
代わりにパズルゲームや本の類はたくさん置いてあって、暇は持て余さなかったが。
その後のことは断片的にしか覚えていなかったが、目出し帽にサングラスをかけた三人組が部屋に入ってきて、そのうちの一人はカメラを回していた。
わけがわからず固まっていた私を一人が押さえつけて、もう一人が私の前髪を掴みながらカメラに向かって罵詈雑言を浴びせていた。

本当にわけがわからなかった。
そのうち、罵詈雑言を放っていた一人がこちらを向いて。
その後のことはよく覚えていない。
糸が切れたみたいに動かなくなった三人組に茫然としていた。
母さんの気がおかしくなり始めたのはそのころで、以前から家を開けがちにしていた父はなおさら帰って来なくなった。
事件については何も触れられず、事件の詳細を知ったのは友達の噂でだった。

私を誘拐した三人組は、健康体だったにも関わらず心不全で亡くなっていたということ。
私の母さんも学生の頃、同じように友人を心不全で亡くしていたこと。
今回亡くなった人の一人がそのお姉さんで、私を連れて行った女の人だったこと。

昔、母さんに何があったかは分からないけれど、ただの偶然でないことは確かだった。
そしてこの事件のきっかけがただ事ではないのは、容易に想像することができた。

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