22.

近くの駅まで走るバスの中で、握っている白い封筒をずっと眺めていた。
「正攻法で来たら、渡しといてくれって言われてたんだよ」と先生は言った。
正攻法という言葉に困惑していれば、僕は個性のことだと解釈してるけど、と。

――月子ちゃん、相当悩みながら書いてたみたいだから、読んであげて

封筒の右下には"古屋"と書かれてある。
中央には、震えた手で書かれたような薄い字で、俺の名があった。
どうしても、中にある紙を取り出すことはできなかった。
一体なにが書かれているのか、全く想像できなかったからだ。
いや、違う。
こうなったのは俺のせいだと、恨み節が書かれているかもしれない。
そんな考えが頭の中を支配しているのだ。

頭を上げ、バスの中を見回した。
俺以外には中年らしき夫婦と、小さな子供を連れた親子だけ。
後ろを見てみると、外をぼうっと眺めている男がいる。
顔を前に戻し、手元の白い封筒に目を落とす。
いちどだけ大きく呼吸して、その封を開けた。



『もしもし』

しばらくのコール音の後、女性の声が聞こえた。
知り合いの電話に出るときのような声色とは違う。
どこか訝しんでいるような声だ。

『もしもし?』

黙っていれば、女はまたそう尋ねてくる。
いたずら電話だろうか、そう疑っている声。
俺は、その声を知っていた。

『もしかして心操?』
「……古屋?」
『うん。先生から貰ったんだね、封筒』

あれほど苦労して開けた封筒の中には、数字の羅列だけが書かれた紙が入っていた。
どっと体の力が抜けたと同時に、それが電話番号であることにまた緊張が走った。
それがどこに繋がるのかは分からない。だが、番号があるということは、そこに電話しろということなのだろう。
そしてかけてみれば、古屋が出た。

『どうやって先生から貰った?』
「……正攻法」
『……そっか。ありがとう、ごめん』
「え?」
『えっと、電話を掛けてくれたことと、ああやって手紙を渡したこと』

卑怯だよね、古屋はか細い声でそう言った。

『新しい番号を教えたのには訳があるんだけど、聞いてくれる?』
「……うん。俺も聞きたい」

それは、俺も気になっていたことだ。
古屋にとって、俺は嫌いな人間であるはずだった。
入院する前から煙たがられていたし、あの事件が俺のせいだと知って殺されない方が不思議だ。
悪口を言っていただけのクラスメイトにすら会いたがらなかったのに、その俺に会った。
電話番号を変えたり黙って消えようとしていたのに、番号を教えた。
疑問は募るばかりだ。

『ええと、私、雄英、やめたの。先週、手続きが全部済んで、いま新しく通うところを探してる』
「先生から聞いた。それってさぁ、やっぱり…」
『そういうのやめて、今回は本当に全然関係ないから』

口調を強くして言われるのに思わず口を閉ざす。
古屋はだれが悪いだとかそういうんじゃないからと言って、一度深呼吸をした。

『私、友達らしい友達っていないでしょ?』
「……まあ」
『個性を知って距離持つ人は、あれからずっと増えた。話した事もないのにいろいろ言ってくる人もいた。でもそれはあんたのせいじゃないから。私と私の母さんのせい。だからもう……忘れて』
「そんなの無理に決まって、」
『無理でも忘れて。いい? もうあの日のことで私につきまとわないで』

あれは私の家の問題であってあんたは関係ない、だから忘れて
ワンオクターブ低い声でそう念押しに言われ、肝が冷えた気がした。
俺に電話番号を教えた理由。
その答えが、分かってしまった気がしたから。

『言いたかったのはそれだけ。この電話番号は好きにしていいよ。また捨てるかもしれないけど』
「また掛けたりしてもいい?」
『…………』

古屋はしばらく沈黙を貫いたあと、『繋がらなかったらごめんね』と言って、プツリと切れた。

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