25.

「私……私さ、ホントは全然違うこと言おうとしたの。もう個性とか過去のこととか、そういうの関係なしに付き合おうって」

心臓が、どくりどくりと痛いぐらいに音を立てている。
「そういうの慣れてないんだからやめとけ無理するな」と言っているのだろう。
でも言わなきゃ、そう別の誰かが急き立てる。

「個性のこと知ってて話しかけてくるのって心操ぐらいだし。でも、心操が私に話しかけてきてたのって、昔のことがあったからでしょ? なんか、昔に付け込んでるみたいで嫌だったの」

心操は黙ったまま、振り返らなかった。
通行人の多くは立ち止まっている私たちを一瞥していく。

「……また電話していいかって言われた時、正直嬉しかった。でも怖かった。調子に乗って自分が傷付いたらって考えたら、何も言えなかった」

自分は傷つきたくない、責められたくない、そんな一心でずっと避けていた。
そうしていないとどうかしそうだった。
その結果、また誰かを傷つけているなんて、考えようともせずに。
いや、分かってはいたけど自己中心的な理由で見て見ぬふりをした。

「だからさ、やっぱり私が同窓会に行くのは……」
「言ってなかったっけ。俺さ、古屋のこと好きだったんだよ」
「え?」
「好きだったから一緒に帰ろうって言いたかった。でもああなるなんて思わなかったし」

振り向いた心操は、どこかぎこちなさそうな笑みを浮かべていた。
目がすこし泳いでいて、困ったような表情だった。

私は、少し予想外だった言葉を受けとって、固まっていた。
"好きだった"
今まで少しも気にしたことのなかったもの。
考えてもみれば、好きだとか嫌いだとか、そういう域に達するほど人と親しくなったことがなかったような気もする。
あっても、そのほとんどが「嫌い」や「苦手」に近いニュアンスのものばかりだったはずだ。

じゃあ、心操は。
そう問うて、また心臓がどくりどくりと痛いぐらいに動き出す。

「高校で声かけたのは、古屋の言うとおり謝るためだよ。でも、たぶん、まだ好きだったんだと思う」

その先までは考えてなかったけど、と心操は付け足した。

「本当は、同窓会が終わったあと言おうと思ったんだけど」
「……なんで」
「だってこれで振られたら気まずいし、それよりもまず古屋がこの話嫌がるだろうからって思って」
「そうじゃなくて、なんで私なんか」
「…………」

渇ききった口内で、ようやく舌が動く。
そうして出した言葉に、心操はしばらく黙り込んだ。

「もう、覚えてないなぁ」

高校の時とは違う、どこかぎこちないけど優しい笑い方だった。
全く落ち着きを見せようとしない心臓を叱責して、声が震えないように堪えながら尋ねる。

「あの」
「なに?」
「もう一つ、聞いてもいい?」

心操が頷くのを見届けてから、私は、ゆっくり深呼吸する。
尋ねてしまったら、もう戻れない質問。
それでも、例えそれが期待通りでなくても、今訊かなければ、きっと後悔する。

「今は、私のこと、どう思ってるの?」


しばらくの間を置いてから心操の口から出た答えに、私は初めて人前で泣いた。

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