21.

現在この番号は使われておりません――

事務的な声に、それまでの不安がさらに膨れ上がった。
単に訳合って電話番号を変更しただけかもしれない。
そもそも勝手に番号を調べたような身だ、信用されていなくても不思議ではない。
それでも。


「ああ、古屋さんね。先生から学校辞めたって聞いたけど、ホントなのかな」
「さぁ…。でも、ヒーロー科も受けてたんだろ。なんで辞めるんだよ」
「妥協して普通科来たもののやっぱ心が折れてってやつだろ。お前馬鹿かよ」
「でも体育祭だって結局来なかったし…」

古屋のクラスメイトはそれを最後に口ごもり、俺はお礼だけ言って教室に戻る。
数日前、誰かが一対の机と椅子を運んでいるのを見て、妙な胸騒ぎはしていた。
「急だったね」と残念そうな、それでもどこか他人事のようなことをぼやいていた気がする。

先生に聞こうかとは思った。
だが、聞いてしまえばそれは事実になってしまう。
現実を知るのが、とてつもなく恐ろしかった。


「あれっ。もしかして月子ちゃんのお見舞い?」

古屋の病院には二回行っているから、対応は大体分かっていた。
受付に行って古屋の見舞いに来たと言い、素直に名札を貰って病室を教えてもらえれば良い。
ムリだったら、受付からは死角の場所にある階段を使って病室へ行けば良い。
わずかに緊張しながら受付へ行こうというとき、向かいから歩いてくる医師らしき男が顔を上げて、目を瞬かせた。
通学中や帰宅中にも、同じような反応を示してきたサラリーマンや学生はいる。
声を掛けてくるのは少数だったが、面倒に越したことはなかった。
顔を反らしながらすれ違おうというとき、そう聞かれたのだ。
古屋の見舞いか
俺を知っていてそう尋ねてくる人間は、ほとんどいない。

「きみ心操くんだよね。体育祭見たけど、すごかったよ!」

古屋の担当かと尋ねようとした矢先、嬉々とした表情でそう詰め寄られ思わずたじろいだ。
先生がどうしても見たいって言ってて
そういえば、そんなことを言っていたような記憶がよみがえり確信する。

「あの、今日、古屋に会えますか」
「え? ああ、うん…そのことなんだけど、今朝方、退院手続きが終わったところなんだ」
「まだいますか?!」
「車があればまだいるかも」

こちらの気も知らずに、悠長に駐車場へ出ていく彼の後ろを着いて行く。
駐車場出入り口を出てすぐ、ぐるりと何度も見回したが、車から降りている人間も、いざ出ようとする車も見当たらない。
同じように古屋の家の車を探していたらしい彼も、「帰っちゃったみたい」とぼやいた。

「古屋、目は良くなったんですか」
「んー、本当は言っちゃいけないんだけど、全然。でも、"もういい"って突っぱねられてね。お母さんやお父さんも了承の上だったから、僕は何もできなかったんだよ」

寂しいなあ、とぼやきながら先生は建物内へ戻っていく。

「そんなんでよかったんですか」
「"そんな"って?」
「その、呆気なさすぎっていうか、あいつは精神的にも良くないのに…」
「月子ちゃんが視力失う原因だけど、ほとんどは君だよ。分かってるだろうけど」

先ほどまで、どこか他人事な微笑みを浮かべていた先生は、真顔で振り向きながら言った。
古屋の視野が狭まっていった原因が俺
はっきりとそう言い切られるのに、頭の中が真っ白になった。
頭を鈍器で殴られたような気分だ。

「最初の視野狭窄は、雄英に通い始めたころから始まってる。完全に失明したとき、そばにいたのは君だ。二回目も、君関連」
「二回目って、またあったんですか…?」
「そう。君さ、それでもまだ月子ちゃんに会いたいって言う?」

古屋が他人と目を見て話せない理由も、視野狭窄が始まった理由も、すべて自分にあるとは分かっていた。
それでも、他人から――それも専門医から言われるのは訳が違う。
俺がいなくてもいずれこうなっていたと古屋は言った。
それでもやっぱり、俺が原因を作ったという事実は変わらないのだ。
口の中が渇き、舌が上手く回らない。

「月子ちゃんが雄英高校を中退するって話は知ってる?」

頷く。
やっぱり、本当だったのか
鼻の奥がツンとする。
それでもなんとか堪えて、先生に尋ねた。

「あの、古屋、俺のこと何か言ってましたか」
「……ちょっと来れる?」
「えっ」
「月子ちゃんに頼まれてたものがあって」

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