19.

「視野、また狭くなったって」
「うん。ムラがあるみたい」
「そうか」

面会謝絶の札が下がった自分の病室。
そういう時は大概先生がいるか一人で物思いに耽っているかのどちらかだ。
だから、購買で買った菓子を広げて、客人と話ながらそれを口にするのは、どこか意心地が悪かった。

お互い、無言の時間の方が長かった。
時折、心操から話題を振られては短く答えて、すぐに会話が終わってしまう。
一人になりたいとは思ったけれど、"帰って"とはどうしても言い出しづらかった。

「体育祭、残念だったね」

ようやくそう口に出せば、「見てたの?」と驚いた顔をする。

「先生がどうしても見たいって、それで」
「ふうん…」
「テレビでね。なにがあるか分からないからって、病院の外はまだダメって」

心操は目を数回瞬きさせたあと、すぐに表情はいつものモノに戻した。
相変わらず、会話はすぐに終わる。

体育祭のトーナメントの結果。
緑谷は、やっぱり心操の個性の事を知っていたようだった。
なんでも騎馬戦で組んだ相手が彼のクラスメイトで、そこから伝わったらしい。
最初は警戒されていたけれど、と。

「上手く洗脳できたんだ」
「…まあ。結局、解かれたけど」
「どうして?」
「分からない」

緑谷がなにかを叫んでいた記憶はあったけれど、なんと言っていたかは分からない。
ちょうど心操と緑谷の場面で、過呼吸を起こしてしまったせいだ。
だから私が知っているのは結果だけで、一度洗脳にかかった緑谷が自力でそれを解いたというのは信じがたかった。

私も、心操の洗脳は経験済みだ。
その間の記憶はひどく曖昧で、先生に肩を叩かれてようやく解かれたのだから。
個性を暴発させて指を…とかなんとか言っていたけれど、やっぱり納得がいかない。

「緑谷の個性ってどんなのだったの」
「たぶん、単純な増強型。つっても、すぐ使えなくなってたけど」
「え、エネルギーが足りなくなるとかそういう?」
「いや。壊れるんだよ、腕が」

それに思わず眉を顰めれば、「俺もよく知らねえけど」と言われる。
先生が言っていた、とんでもない怪力だけど、使ったあとすごい痛そうだった、という表現。
本当だったのか、となんだか狐に包まれたような気分になる。

また、しばらく沈黙が続いた。

「そろそろ帰るよ」
「えっ、あ、うん」

アイフォンの画面を見た後、心操は顔を上げてそう言った。
時計を見るとあと数分で五時になる。
面会終了の時間だった。

「あの…今日は来てくれてありがとう」
「いや、こっちこそ」
「あのさ」

荷物を持って病室を出ようとする心操に、聞こうと思ったことを、言った。

「どうやって警戒解かせたの?」

心操の問いに答えたものは洗脳スイッチが入る――でも緑谷はそれを知っていて、警戒していた。
よほどのことがなければ、心操の問いに答えようなんてしないはずなのに。
わずかにこちらを向きなおした心操は、少しだけ目を泳がせて、

「…卑怯なやり方だよ」

それだけ言って、病室から出て行った。

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