18.

頼りは耳だけだった。
かのA組に在籍しており、レース中も活躍はしたものの個性を未だ見せていない緑谷出久。
片や、一切活躍や個性の類を見せず、上位に食い込んだ唯一の普通科の生徒である心操人使。
どんな展開になるのか? そんな声が観客席から聞こえてくる。

「緑谷くんの個性がぜんっぜん分からないのが不安だねぇ」
「そうですね」

くせ毛の地味な人、という印象しかなく、まだ1,2時間しか経っていないはずなのに、もうその顔を思い出せない。
個性に関しても、あのロボたちを躱していたときは知恵や体力勝負のみで、なにかしら制約があるものか、単に増強型か…という憶測しかできなかった(後者にしても、ロボ相手なら見せどころだったはずだから、この体育祭でそれを披露しなかったのなら前者だろう)。

最後に見た、心操の顔。
あれはだれが見たって下剋上をする人間の顔だ。
体育祭はヒーロー科だけが活躍する場所ではない――そう言いつつも、やはりA組やB組がスポットライトを浴びるのが現実で。
それだけに彼の注目度は高いのだろう。

「月子ちゃんはどっちに賭ける?」
「…さあ。緑谷くんの個性がどんなものか分かりませんし」
「じゃあ僕は心操くんに賭けよう」
「もう知ってるんじゃないですか、心操の個性の事は」

騎馬戦に出場していたメンバーのほとんどはヒーロー科で、唯一の普通科の心操は孤立している身だ。
もし彼らが情報共有をしていたとしたら、返事されなければ何もできない心操にとってはかなり不利な戦いになる。

「なんか、不満そうだね」
「えっ」

思わず顔を上げて先生の方をみる。
が、視界が利かないため、どんな表情をしているのかは分からない。
不満? なにが? あるとするなら…

「やっぱり、勝ってくれなきゃ?」
「いやっ…別に私はどっちでも、」
「心操くんの個性、使い方次第じゃすごく良い個性じゃないか。普通科にしておくには勿体無い」

背中をなにかが走っていくような気がした。
緑谷が心操の個性の事を知っていれば、問いには一切答えず個性を使ってしまえばいい。
今まで通り個性を使わないにしても、ヒーロー科はそれなりにトレーニングを受けているだろうから、殴り合いになってしまえばそれこそ。
心操の敗けは、もう決まっているようなものなのだ。

敗けはもう決まっているようなもの
ひとつ、不満があるとすれば

体育祭を見ていて嫌な気分にしかならないのなら、最初からふて寝をしたり席を外したりしていればよかったのだ。
なのに大人しく先生に付き合って、時折背景に映る知り合いの顔を探していた。
でも、探す必要はないんじゃないだろうか――そう思ってしまったのに、胸のあたりを冷たいモノが落ちていく。

「月子ちゃん、息して」

先生が背を摩ってくれても、冷たいモノはなくならなかった。

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