17.

「月子ちゃん、大丈夫?」
「ええ」
「僕の持ってるコップの数は?」
「…………」

答えることのできない問いに思わず黙ってしまうのに、先生の溜息が漏れる。
あの時ほどの恐怖や不安感は、今はない。
一度経験した慣れのせい。
先生が私の手を取って、コップらしい硬い物質を持たされる。
液体が入っているらしい。

「水ですか?」
「お茶だよ。氷入ってるから」

慎重にコップを動かせば、カラン、と軽い音がした。
一口飲んだところで、テレビから流れてくる雄英の実況に耳を傾ける。

騎馬戦の結果発表の途中で、私の記憶は止まっている。
気付けば暗闇にいて、瞬きを何度も繰り返していたところで先生が気付いた。
心操の成績に驚き私を振り返れば、失神していたのだから余計に驚いたと、文句を言われた。
案の定、視力がゼロになっているものだから、また深いため息を吐かれ。
これほど自分の精神が脆弱だとは思っていなかった。
そう漏らせば、それは今だけだと諭される。

騎馬戦のあとのランチタイムも終わり、今は借り物競争をしているようだ。
先生、カバン、ネコ、パンのような物。
背油というカードを取ってしまったらしい生徒の阿鼻叫喚が聞こえてくる。
同じく画面から聞こえてくる笑い声に、ふ、と息を漏らした。

「どうしたら視力は戻るんでしょうか」
「それは、手探りかなぁ」

おおかた原因は分かってる。
心操の顔をみたとき、まるで心臓を掴まれたみたいな気分になった。
目が合ったときとは少しばかり違っていた。
思ったように身体が動かず、息を吸おうにも肺は萎んでいくばかり。
頭が霞がかって行き、やがて意識を手放した。
そして暗闇の世界だ。

「心操くんの結果、教えてあげようか」
「結構です」

心操がどうやって繰り上がって来たかなんて、大体予想はつく。
目まぐるしく順位が入れ替わっていた騎馬戦。
その終盤――本当に終盤まで、心操のチームは0Pで下位にいたはずだ。
てっきり、もうダメだと思っていたのに。

馬になっていた三人組と心操が知り合いだったのかは知らない。
彼らの個性が騎馬戦で使えるようなものだったのかも知らない。
ただ、心操の個性は、対人戦である騎馬戦では、絶対に使える。
人を洗脳して、それが解かれなければ彼のおもちゃみたいなものだ。
それでそうにかしてのし上がって来たのだろう。

「トーナメント戦、一番最初なんだよね」
「誰が?」
「ミドリヤイズクくんて子とだって」

ヒーロー科の、癖っ毛でまだ個性を披露していない人。
A組にいるのだからそれなりに良い個性か、汎用性の高いものなのだろうけれど。

「そうだ。お昼食べてないよね、どうする?」
「大丈夫です」

お弁当あるんだけど、と先生が言うのと同時に、袋を漁るような音とプラスチックの変形する音が聞こえる。
お昼時に配膳された病院食を取っておいてくれたらしい。
どうりで食べ物の匂いがまだするわけか、と思った。

次の競技はなんだろう
そう思ったとき、マイクの会場を煽る声が聞こえた。

prev next
表紙に戻る
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -