14.

ヒーローになりたいと思った事は、一度だけあった。
個性がまだはっきりしていなかった頃だ。

その頃、父さんは個性を買われて、水族館で水中ショーの役を貰っていた。
酸素ゴンベもなしに水中に留まり続けた父さんの顎の付け根には、人間にはない赤い鰓が現れた。
最初こそ、鰓のできた父親をはじめて見た私は、父さんが死んでしまったと勘違いして泣きわめいた。
ほかにも水かきや鰭ができたときには、父さんが人間じゃなくなったと余計に泣きじゃくったけれど、ショーで歓声を貰っている父親を見ている内にその感覚は麻痺していった。

水中ショーで活躍していた父さんは、私のヒーローだった。
でも、私は卒園式を迎えても父さんの個性は現れなかった。

悪戯で、料理をしていた叔母さんにちょっかいを出したとき、腕に熱湯を被ってしまったことがあった。
父さんの個性なら、熱湯を浴びた瞬間、なにかしら肌が変化するはずだった。
皮膚科に掛かった後、父さんは私を整体へ連れて行き、私の個性が母さん譲りだと聞かされた。

そのとき私は母さんを無個性だと思っていたから、いまとは別の意味でショックだった。
自分は無個性なんだ、ヒーローにはなれないんだ
それ以来、父さんが私を避けるようになったことも原因のひとつだった。
そのとき私は、私が無個性で、父さんのようになれないからそうするのだと思った。
だけど、本当のところは、私の個性は母さんのもので、人を殺せるものだったのだから。

それに納得してしまった自分が嫌だった。
ヒーローになれない自分が嫌だった。
ヒーローになれないことを、父親が私を避けることを、受け入れてしまった自分が嫌いだった。

頭の奥がじくりと痛む。
私なんかがヒーローになれるはずがない。
そう断言してしまったことを、いまさら後悔した。

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