10と11の間

「きみ、月子の友達?」

古屋の部屋を看護婦が何人も出入りして、邪魔だからと追い出されたときだった。
廊下で、パンツに白のワイシャツを着たリーマン風の男に声をかけられる。
答えずにいると、困ったような顔をされた。

「おかしいな。この事は身内にしか話してないはずなんだけど…」

この事――古屋が入院するという事。
なんと言おうか迷っているうちに「まあいいか」と投げられ看護婦に声をかけた。

「あの、月子に何かあったんですか?」
「えぇと、発作を起こしてしまって…」
「発作? 目のことで入院したと聞いたんですけど、どこか他も悪いんですか?」
「いえ、問題があるのは目だけだったはずなんですが…」

彼が驚いた声を上げるのに、看護婦は俯き加減になる。
ちらりと看護婦がこちらを見るのを、彼は見逃さなかった。


「それで、きみは月子の友達?」
「……向こうは、どう思ってるか知りませんけど」

発作が治まったと、古屋の父親と一緒に病室に通された時だった。
古屋の顔を見て一言、なにかを呟いたあと、そう尋ねられた。

「目のことはどこまで知ってる?」
「…"邪視"と、視野狭窄があるって」
「怖くないの? この子の個性」

古屋の個性が怖いか―――
正直なところ、自分でも分からなかった。
あの事件が起きてすぐ、邪視のことは親たちから告げられた。
相手を見るだけで害を与えられる、恐ろしい個性。
親たち自身だって知らないわけではなかったが、殺すことができるとなれば話は別だったのだろう。
クラスメイト達は、親から彼女と接するな、怒らせるな、目を合わせるなと耳が痛いほど言われたという。
実際、あれが決定打となって、彼女を影で叩く口実を得たやつらもいた。

俺は。
むしろ、親近感に近い物を抱いてしまった。
俺だってなにかあればすぐに疑われる側になったし、冤罪だってあった。
古屋もそうだ。
だれかが体調不良になれば彼女が原因にされたし、大怪我があれば、先生ですら彼女を疑っていた。
直接彼女にそう言わなくとも、みんな目が語っていた。
"まるでヴィランみたい"
俺と同じ奴がいる、そう思ってしまった。

――ごめんなさい、悪気はなかったの、
だがそれも、見えないモノに怯える古屋を見てすべて打ち砕かれた。
何事もなかったように高校で再会して、普通の関係を築こうとした自分がどれほどバカだったか。
俺は、古屋の人生を大きく狂わせたのに。

「俺も、同じだったから…」
「同じって?」
「俺の個性は"洗脳"だから、古屋を分かってるつもりで、いて…」

俺の言葉に、相手はじっとこちらを見詰めていた。
その視線に耐えられず俯く。

「きみ、何科?」
「えっ」
「その制服、雄英だろう?」
「あ、普通科です」
「ヒーローは、目指してたの?」
「…目指してます」

応えるのには少し時間がかかった。
私がヒーローになれると思う?
そう、古屋が言っていたのを思い出したからだ。

一体どういうことかと、きょとんとした様子で言うのに、雄英のシステムについて教えると、驚いた表情をされる。
古屋の反応と、ほとんど同じだった。
古屋がそれを知っているのかと訊ねられて、俺は小さく頷く。

「昔、一度だけヒーローになりたいと言ったことがあるんだ。個性が分かった日の、ちょっと前だったかな…」

彼は小さく溜息を吐いたあと、そう言った。
個性が分かる直前
それに、頭の奥がじくりと熱くなる。
私がヒーローになれると思うの
古屋が、俺の目を見てはっきりそう告げた。
自分のせいで人が死んだ、だからヒーローになる資格はない、そう思い込んでるのは確かで。

「今、月子たちとまた一緒に住もうか考えてるんだ。目が覚めたら、それを伝えて欲しいんだけど」

用事があるからと、古屋の父親はそう言づけて病室を出て行った。
古屋は、静かにベッドで横たわっている。

目が開いていたのに、部屋は明るかったのに、古屋はなにも見えてなかった。
最初は寝惚けててなにかを探しているのかと思った。
だけど、腕を掴んだ俺のことが分かってなかった。見えてなかった。
ごめんなさい
いまにも泣きそうな顔でそう言った古屋が、脳裏に焼き付いて離れなかった。

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