12.

「私になんて言ってほしいのよ」

自分でも怖いぐらいに低い声がでた。
規則的でどこか心地好かった電子音が、頭に響く甲高い音に代わる。

「別にあんたがいなくたっていずれこうなってた!」

暗闇に、赤みが差した気がした。
心操の影は相変わらずそこにいたけれど、わずかに揺れている。
睨みつけても目を細めてもはっきりすることはなく、ぽっかりとそこに浮かんでいるだけでそれ以外の動きは見られない。

また胸が苦しくなって、荒く呼吸を繰り返す。
そうだ、心操がいなくとも、いずれはこうなっていた。
初対面の人間が親切そうな笑みを浮かべて近づいてくるのに、私は一寸の疑いも抱かず信じきった。
そんな子どもが誘拐されないと言うほうが不思議だ。
でないにしても、きっといつかは無理やりにでも誘拐されていたに決まっている。
いつかは突き当たる壁。たまたま、そこに心操がいただけ。
そのうちできていただろう綻びを、たまたま、心操が作っただけ。

力を込めていた右手に、不意に何かが触れる。

「ごめん」

心操の、いつになく頼りない声だった。
なにが"ごめん"よ
それに口を開いた瞬間、頭が霞がかった。



「月子」

白い霧がかかっている。
一寸先も見えず、足元もおぼつかない空間。
"声"の主は、その少し先にいた。
濃い霧の中、はっきりとその姿を見せている。

「母さん?」

杖を片手に大きなサングラスを掛けて、霧の中に突っ立っている。
母さんだ――そう思ったが、なにかが違う。
違和感をわずかに感じ取って、私もそこに突っ立ったままだった。

「母さん、そこでなにしてるの?」

母さんは押し黙ったままでそこにいる。
何かがおかしい。でもそれが何なのか分からない。
疑問が焦燥を呼び、それが不安となってのしかかってくる。
いったい、なにが、起きてる。

「本当にそれでいいの」

母さんは、瞬きをして言った。

「後悔しない?」
「なにを――」

そう答えた途端、ザアとなにかが地を這う音がした。
やがて向かい風が吹いてきて、生暖かい湿気を含んだ空気が身体を押す。
思わずそれに目をつぶって、開いたときには白い霧はなく、母さんの姿もなかった。

そこにあったのは、私以外だれもいない病室だった。

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