11.

ぼんやりとした意識のなか、喧噪が静まっていくのを感じる。
視界は依然暗いまま、耳鳴りとひどい頭痛が唯一の感覚器を麻痺させていた。
そんな中「目が見えていない」という言葉だけがはっきりと聞こえた。
それでいま自分がいるのは現実だと気付いて、自分の中でなにかがはっきりしていった。

耳鳴りがひき頭痛も幾分マシになったころ、規則的な電子音が耳に届いた。
ドラマの病院のシーンでよく聞く、あの脈拍を図る機械の音だろうか。
自分の知っている音とはどこか違ったけれど、その音はとても心地好く感じた。

「オレの手、見える?」

喧噪が静まっても、となりにはずっと誰かの気配があった。
なんとなく、薄らと、心操だろうなと思った。
見えるかと尋ねられても、私の目には暗闇しか映っていない。
やうやう首を振れば、心操は何とも言えないような溜息を吐く。

「なんで平気なの」
「なにが?」
「だって……」

続きは言えなかった。
こちらを見上げた私を憐れむような、なんとも分からないあの顔。
いまだ鮮明に思い浮かぶ。

「いや、まあ…すこし吐いたけど」

自分が吐いたわけでもないのに、あのツンとした匂いと苦みが蘇る。
それだけで済んだことに、内心ひどく安堵した。
心操を突き飛ばしたとき、自分がどれほどの悪意を持っていたかは分からない。
ただ私はひどく感情的になっていたし、なにより目が合ってしまった。
個性を使うのも、目を合うのも怖い。
目が合っているときに個性を使うだなんて、これ以上に恐ろしい事はなかった。


「さっきまで古屋のお父さんが来てたんだよ。発作起こしてたの見て、心配してた」
「…そう」

話を逸らされるように、父親の話題を振られる。
そんなの嘘に決まってるじゃない。そう思ったけれど、口には出さなかった。
私が眼帯を付けている間、父からは電話を一本、貰っただけだ。
それもおばさんから引き継いだ電話で、大丈夫か? その一言だけ。
わざわざここに来たのだって、私が視野狭窄で検査入院すると聞いたからだろう。
きっと先生から話だけ聞いて、私とは会わない予定だったはずだ。
それがこうして私が完全に失明して、むしろ安堵したに決まっている。

「何か言ってた?」
「…こっちに戻ってくるみたいなことは」

そっか。ぼやくようにそう言った。

「なあ。目が見えないのって、俺のせい?」

まるで何かを強請っているような声だった。
ふと、心操の気配が強くなる。

先生たちの会話、盗み聞きしたんだ。ごめん。
その、視野狭窄って、古屋のは精神的な問題なんだろ?
それ治したくないって言ったの、やっぱアレのせいなんだろ。
みんなは古屋が殺したっていうけど、実際は俺が殺させたようなもんじゃん。
あいつらだって古屋の個性がどんなもんか想像ぐらいできただろ、古屋は悪くねえだろ。
なんで古屋がそんなこと言われなきゃならないんだよ。
なんで古屋が

ぽっかりと、何かが浮かんでいるように見えた。
人間大のぼんやりした何かが、見えた気がした。
きっとそれが心操だ、直感的にそう思って、上体を起こそうとした。
でもそれは途中で邪魔されて、暴れているうちに手首や足首がベッドに括りつけられていることに気が付いた。
まるで気のおかしい人間を縛り付けるみたいに、テープみたいなものが巻かれている。
力任せに剥がそうとしたけれど、無理だった。
すこし、空気が変わった気がした。

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