10.

"目を開いた"という感覚はあった。
でも、目を開いてもそこにはなにもない。
暗闇のなかにぼんやりとしたものが浮いているように見えるだけだ。
明かりを探そうと、手探りであたりをかき回したときだった。

「古屋?」

右の方向から、それもすぐそこから声が聞こえた。
そちらを向いてもなにかが見えることはなく、突きだした私の手を誰かが触れる。
そのゴツゴツした感触からそれが男だと分かって、どくりと心臓が音を立てた。
手を戻そうとしたけれど、その手は私の腕を掴んで離さなかった。

背筋を冷たいものが走る。
昔の映画で見た、主人公を殺した犯人が死んで霊体になったとき、地面から現れた黒い影。
ガールフレンドを守って死んだ主人公には明るい光が差したけれど、彼を襲えと命じた親友の前には彼らが現れた。
地獄からの使者だ。なんの罪もない人間を陥れた者の前に現れる、地獄からの使者。
私の腕を掴んだまま離さないその手が、私をあちら側に連れて行く死神のように感じた。
ごめんなさい、悪気はなかったの、死ぬだなんて、思わなかったの
逃れようにも足に力が入らず、息も上がって身体が震える。
そんな私に、それは言った。

「見えて、ないのか…?」

なんのこと
そう思ったとき、その声が心操のモノだと気が付いた。
サッと血の気が引いていく。
あの後のことは一切記憶がない。
でも、私はきっと、彼に個性を使った。

「ひっ」と悲鳴に近い声が出る。
心臓が痛いくらいに鳴っていて、いっそそのまま破裂してしまえと思った。
でも、死ぬのは怖い。
死んだとき、私が連れて行かれるのはずっと暗くて恐ろしいところだ。
所詮"生きている"内に下される罰なんて遺族を慰めるためのもので、真に償うべき相手へのそれは終えていない。
私は4人殺した。死んだとき、私は4人分の罰を受けなきゃいけない。
それがとてつもなく恐ろしい。

「おい、落ち着け。深呼吸しろ」
「私、私っ…」

腕を握っている手が、ふとその力を弱めた。
そのまま拘束を剥がすとあっけなく手は離れていって、とたんに暗い世界に取り残された感覚になる。
息を吸っても、息苦しいのは変わらない。むしろ呼吸をする毎に胸が締め付けられていく。
バタバタとした気配がして、あたり中に人の気配が充満した。
そうして別の手が私の腕をとって、後ろに突き飛ばされる。
肩を強く抑えられて何かを叫ばれるのに、暗闇が色濃くなるのを感じた。

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