9.

おばさんに直接会うのは今日が2回目で、個性を使ったのも同じ。
あの時、一度でも良いから私と一緒に帰ってみたかった。
でも私はいつもおばさんの車で帰っていて、それで。

「は?」
「だから、ごめん」

心操の言葉に、"目"のことも忘れて振り返った。
そこには真面目な顔をした、私の知らない顔をした心操がいて。
ごめん、そうはっきり言って、頭を下げる。

「なに言ってんの、あんた」

そのままの意味だった。
私が誘拐された原因。
それはいつもなら校門にいるおばさんが、小学生を轢いてしまって、その処理に追われていたからだ。
"いつもなら"。
はたとそのことに気付く。

なぜあの日、おばさんは校門にいなかったのだろう。
おばさんはいつも最後の授業が終わる頃には校門にいた。
授業が終わった直後、私は廊下の窓から校門を見るのが日課にもなっていて。
そうだあの日は。
記憶は定かじゃない。
でも、あの日、窓から覗いたとき、おばさんはいた気がする。
それに。
いつも授業が終わる頃には校門にいたおばさんが、学校から離れた場所で子供を轢いた。
その子は一つ下の学年の子で、最後の授業は同じ時間だったはずで。

「分かるように言って」
「あの日、俺が古屋のおばさんに個性使ってそれで…」
「ふざけないでよ!」

上体を起こしかけた心操の肩を、思い切り突き飛ばした。
そんなに強く押したつもりはなかったのに、心操は簡単に尻餅をついて。
それに無性に腹が立った。
私は決して力が強いわけでも、体格が良いわけでもない。
むしろ運動していない分、筋力は少ないわけで、なのに無抵抗なのが癪に障る。

「あんた、何がしたかったわけ? 私と一緒に? え?」

血が逆流するような、そんな感覚だった。
あの女の人は、妹を母さんに殺されて、それでずっと隙を狙っていた。
母さんには兄弟姉妹がいなかった。その代りに私が狙われて。
私が一人になるのをずっと待ってた。
送り迎えをしてくれていたおばさんのおかげで、それがずっと防がれていた。
でも、あの日、おばさんは校門からいなくなった。
心操が原因で。

「ふざけないでよ」

ぐわんぐわんと視界が揺らぐ。
なんとか絞りだすように言ったけれど、なんだか息苦しくて。
尻餅を付いたままの心操は顔をあげた。
ジト目で、目の下に隈があって、数日見ればすぐに覚える顔。
目が、遭った。
その瞬間、心臓を握られたような感覚に襲われて、全身の肌が粟立つ。
まるで誰かが悲鳴を上げているみたいに甲高い耳鳴りがする。

目が合ってすぐ、殺意が消えて代わりに動揺が目に映った
強張った身体を小刻みに震わせ、時折激しくのた打ち回ったあと、まるで石のように固まって動かなくなる
残りの二人組はそれを見た矢先、悲鳴を上げながら部屋を出ようとした
けれどすぐに膝から崩れ落ちて、女の人と同じように激しくのた打ち回って動かなくなった

訳が分からない。一体何が起こっているのか。
なんで自分がこんな目にあわなければならないのか。
個性がどういうものかもよく分かっていなかった私は、自分の個性がどれほどのものかを知らなかった。
人に使えばどんな風になるのか、どれほど危険なことか、十分に認知していなかった。
なぜ個性のことをきちんと話してくれなかったのだ。
病院のベッドで目を覚まして、そばにいた母さんに何が起こったのかしつこく尋ねた。
私に何が起きたのか。結局母さんは口を開かなかったし、父さんはろくに帰ってこなかった。

そうして赤の他人の口から伝聞を聞き、ようやく事態を把握した。
母さんが過去に怨みを買い、その報いを私が受けた。
悪意をもって相手を見るだけで害を与えることのできる"邪視"。
逃げ損ねた二人組が、背を仰け反らせ、喉を蛙のように低く鳴らす
フラッシュバックするあの光景に、膝が崩れかける。

それを知ってか知らずか、心操は顔をあげたまま呟いた。

「やっと目ぇ合わせた」

見たことのない表情でそう呟いた心操の言葉の直後、意識が飛んだ。

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