7.

「出久、ちょっといい?」

ヒーロー科の教室を覗くと、個性的な顔ぶれのなかに出久がいた。
昔からそうだ。無個性や外的特徴がでない個性の人間は、むしろ浮くぐらいに地味に映ってしまうことがある。
声を掛けようと思った矢先、クラスメイトと談笑しているのを見て気後れしてしまう。

ヒーロー科の教室に出向くのは今日が初めてではなかった。
前回は友人の敵情視察に付いていって、でもそのときは人だかりに遮られてクラスの様子も窺えなかった。
私はその人だかりをかき分けていく友人をただ傍観しているだけで、だから、そのとき出久の存在には気づかなかった。
たぶん友人はそれでカミナリくんがヒーロー科だって知ってたんだろうなぁ、とどこかで納得している自分がいた。

しばらく出入り口で右往左往していると、出久と目が合った。
そうして驚いたような顔をしてすぐこちらに駆け寄って来るもんだから、ものすごく申し訳なくなる。

「マコちゃんどうしたの?」
「えっと、聞きたいことがあって…」

爆豪がいなかったのは、幸運だった。
昨日の今日で顔を合わせるのは嫌だったし、いつ彼から手を出されるかも分からない。
もし居たら、速攻で教室に戻るつもりでいた。

「出久って、私の個性のこと知ってるよね」
「うん」
「じゃ、じゃあ、小学校のときのことは覚えてる?」

小学校のときのこと。なぜだか私の記憶が消えてしまったあのとき。
校内では出久とあまり一緒にいなかったけれど、出久もこのことは知っていたはずだ。

「えぇと、運動会のときだっけ」
「そう! そのときのこと、出久なにか知らない?」

持って行かれてしまった記憶はもう取り返すことはできない。
周りの人間からの口伝を聞くことではじめて状況を理解できる。
二度目の記憶の喪失は、学校で起こったことだ。
もしその喪失が自分の個性が原因なら。
出久なら、何か知っているかもしれない。
そう思った自分がいた。

「なんでもいいの。練習のとき、私がペアじゃない誰かと一緒にいたとか」
「ど、どうしたのマコちゃん」

なんか変だよ、そう言われてしまえば、それで終わりだった。
思わず俯いてしまって、出久を困らせてしまう。

「…ごめん、やっぱりいいや」
「でも」
「いいの。本当にごめん」

そう言って、自分の教室に戻る。
"個性"なんて今や当たり前となっている時代。
それが無いと判断された出久がヒーロー科にいて、私はこうして普通科に在籍している。
人の傷を癒す代わりに記憶がなくなる、そんな個性のせいにして、なんになるんだ。
すごく自分が情けない、嫌いだ。


「あ」
「あ…」

階段を使おうと、角を曲がったときだった。
会いたくない人物がそこにいた。
思わず立ち止まってしまって、身体も固まってしまう。

かっちゃん。
昨日、出久が彼をそう呼んでいたことがなぜだか今思い出される。
背中をぞわぞわと何かが走って、すごくこそばゆい。
爆豪勝己。"かつき"だから、かっちゃん。
今回は、すぐに心臓の動悸が激しくなったことに気付く。
そしてやはり、不思議と汗は掻かなかった。

「かっちゃん、」

そう口にだした瞬間、こそばゆさが消えた。
胸の取っ掛かりが消え、すんなり口に馴染む。
そうだ。私は爆豪勝己を"知ってる"。

彼の顔は、ひどく歪んだ表情をしていた。

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