6.

高校生にして一人暮らしを始めた友人とは駅に着く前に別れ、駅では改札で出久と別れる。
そんな時、ふと視線を感じた。
なんだろう、と思って振り返っても、暮れの改札口はただ雑踏にまみれている。
しばらくそこに突っ立っていたけれど、もう視線は感じない。
そうして視線を前に戻したとたん誰かにぶつかってしまう。
ごめんなさい、と謝ろうと顔を上げて、身体の芯まで凍った気がした。
そこに居たのは、今日は二度も見た顔だったから。

「てめえ、前見て歩けよ」

なんとかごめんなさい、と口に出したけれど、掠れてきちんと言えたか分からない。
だけど先ほどまでの怖い顔とは違って、表情からその感情は読み取れなかった。
余計にそれが怖くて、去ろうとすると今度は腕を取られる。

「ちょっと、な、なに?!」
「うるせえ」

手を引き剥がそうにも強い力で掴まれ、そのまま反対側のホームまで引きずられてしまう。
私こっち側じゃない、そう言おうにも、電車までピッタリ到着してしまうではないか。
そのまま車内に引きずり込まれ、お互い無言が続く。
そうして地元だった駅で降車すれば、ずんずん進んで行って。
ようやく彼が止まったのは、自動改札機が知らせる私の残金不足だった。

「あ、あの…」
「金が足りねえんだったらさっさと、」
「私の家、反対側…」

眉を顰めながら「どういう意味だよ」と言う。
だけど私が口を開く前に合点が行ったらしく、爆豪は目を見開いて固まった。

「ごめんなさい!」

自分が悪い訳ではない、ただ彼も悪い訳ではなくて、いてもたってもいられなくなって踵を返し走った。
ちょうど反対側のホームに電車が到着するアナウンスが響いている。
運が良いのか悪いのか分からない。
それでも電車に飛び乗って、閉る扉を振り返ってみれば雄英の制服がちらりと見えてホッとする。
電車が去ろうとするホームに取り残された彼は、こちらを睨んで震えていた。


それからしばらくして、また動悸が激しくなってる事にようやく気が付いた。
走ったのとは違う。額に触れればやはり汗がにじんでいて、なのに身体は冷たかった。
爆豪勝己。出久の幼馴染で、私とは幼稚園、小学校で同期だった。
彼のことはよく知らない。ただ傍目にしか見たことがなく、それでの印象は最悪。
「ヒーローになる」と豪語していた彼にしてみれば、私は"没個性"のモブのはずだ。
というより、私が個性を持っていることすら知らないのではないだろうか。
無個性だった出久をまるでサンドバックのように扱う彼が、当時の私にはすごく怖かった。

その爆豪が私をみて同期だと気付いたことは、正直驚いている。
私のことを知っていたのか、と。
そりゃ出久と親しければ目には留まっていたのかもしれない。
だけど、どうしてさっきのそれに繋がったのかが分からなかった。
出久と接触させたくなければ校門の前で首根っこを捕まえて連行していたはずだ。
彼のことだからもっと酷い事をしていてもおかしくない。
だから、また別の理由なのかもしれない。
ただ、それが私には皆目見当もつかなかった。
それに。

爆豪くんと仲が良かったのは僕だけで、マコちゃんは関係ない

出久の言った言葉。
たしかにその通りだし、私と爆豪は親しくなかった。
出久と彼との関係に、私が立ち入った記憶もない。
だけどなにかが引っかかる。
異物を無理やり詰め込まれたような、そんな気分。
なんで? どうして?
胸の奥を掴まれるような感覚に駆られ、息苦しくなった。

幼いころからずっと同期で特に親しい関係を、人は"幼馴染"という。
その基準で言えば、私と出久、出久と爆豪がそれにあたる。
親しいという基準を除けば、同じ条件の人物は掃いて捨てるほどいるのだ。
私と爆豪の関係はそれほど珍しい関係じゃない。
かと言って、幼馴染という関係が"特別なモノ"というわけでもない。
なのに、どうしてだろうか。

なんで私と爆豪は親しくないんだろう
どうして、爆豪のことを知らないんだろう
もっと彼のことを知っていてもおかしくないのに

そんな"わだかまり"が私の胸の内をずっと渦巻いていた。

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「見えない臓器の名前は」
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