2.

「出久くん!」

下校時間、さあこれから特訓よと張り切る友人をなんとか振り切って、校門を張っていればやはり彼が通った。
声をかければ彼は心底驚いたようで目を大きく瞠らせ「えっあっ」と口をパクつかせる。
癖毛でもやしのような風貌は、どうみても出久で。

「緑谷出久くん、だよね?」
「…もしかして、マコちゃん?」
「そう! 出久くんも雄英に来てたんだね!」

困惑したような表情で、控えめに私の名前を口にする。
思わず興奮気味に応えれば、彼もすぐに「ああやっぱり!」という風な反応をしてくれた。
それが私にはとても嬉しくて、やはり無理を言って戻ってきて良かった、と思った。

出久とは、幼稚園のときから小学校を卒業するまでの間、よく親しくしてくれていた人だった。
お互いヒーローにすごく憧れを抱いていたのと、周りに比べて落ち着いていた方だったのとで気が合ったのだ。
親同士の仲が良かったというのもあったのだけれど、彼が無個性だということもあった。
その事実を飲み込んで以来、どうしても放っておくことができなかったのだと思う。
私だって小学校の入学直前にしてようやく個性が発覚した身だったから。
しかし私が小学校卒業と同時に、親が会社の異動とかで引っ越しをしてしまったために、交流はとたんになくなってしまった。
その後の出久がどのような生活を送っていたのか、少し不安が残っていたのだ。

「てことは、マコちゃんはサポート科に?」
「ううん、普通科だよ。さっきの友達と同じヒーロー科志望だったんだけど…ほら」

出久は少し驚いたような表情をしたけど、すぐに納得したように頷いた。
私が個性を初めて使ったとき出久はすぐそばにいて、混乱状態にいた私を助けてくれたのも出久だ。
心配そうに私を覗きこんでいたのをよく覚えている。

「あの、昼休みのときはごめんね。変なこと言っちゃって」
「大丈夫だよ。ライバルが多いのは覚悟してたことだから…」

出久の"ライバル"という発言に、やはりと胸騒ぎがする。
あの"カミナリデンキ"くんはヒーロー科だと言っていて、出久はそのグループにいた。
カミナリくんとは他学科の友達なのかなと言い聞かせていたけれど…

「出久くんって、どこの学科なの?」
「えっ…と、ヒーロー科だよ」
「ヒーロー科?!」

私の問いに、出久はハッとしたような顔をした。
出久はヒーロー科にいた。
なんでも10代半ばにして個性が発症した、とても珍しいタイプだったらしい。
それを聞いて、嬉しいような、頭を殴られたような、なんともいえない感情が湧いた。

「えっ、すごいね!」
「う、うん。まぁ…」

恥ずかしそうに頭を掻くのに、そういう所は変わってないと思った。
そしてまた新しい疑問が湧いたけれど、それは敢えて口に出さないでおいた。
出久の話では、すでに何人かから同じような宣戦布告を受けていて、クラスはてんやわんやらしい。
しかも出久と親しい人が彼らを格下呼ばわりしたせいで、とても気が気じゃなかったようだ。

「ねえ。また"出久"って呼んでいい?」
「えっ」

出久はずっと私をちゃん付けで呼んでいたけれど、私は彼を"出久"と呼んでいた。
会話の途中、なんども"出久くん"と口に出してみたけどどうしても馴染まなくって。
だめかな、と尋ねれば「ぜんぜん良いよ!」と言ってくれた。

「あっ、じゃあ私こっちだから」
「…そっか。戻ってきても方向は逆なんだね」

駅までは同じだけれど、そこからは出久たちの家とは逆方向にあった。
すこし寂しそうな顔をして言うのに、また明日ね、と言って踵を返す。
幼馴染という言葉に、ほんのり暖まるような気分になるのと同時になぜだか空しくも感じた。
入学した中学ではほとんどの人が地元の小学校の繰り上がりで、そこに引っ越してきた私は半分あぶれかけていて。
悲しいかな、そのせいで"そういう感情"にはもう慣れっこになってしまっていた。
そして自分の地元に戻ってきて、進学した高校に幼馴染の出久がいた。
期待していなかっただけに、嬉しくて涙が出そうだった。

ホームに着くと、向かい側に出久が立っていた。
出久側のホームに電車がくるというアナウンスが流れて、ブンブンと手を振られる。
私もそれに小さく返した矢先、電車で姿が見えなくなった。
訊きたいコトや話したいコトはもっとあった。
ヒーロー科のことや、出久の個性のこと。
小さい頃一緒によくみたヒーローの動画のこと。
だけどできなかった。

訊いてしまったら、夢をあきらめかけてる自分がものすごく惨めになる気がして。

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