4と5の間

あの子は、小さい頃から優しかった。
通学路の犬が怖くてその家の前を通れない子がいれば壁になってあげるし、鬼ごっこで集中してタッチされる子がいれば進んで鬼を代わってあげた。
宿題ができない子がいれば「いっしょにやろう」と声を掛けるし、遊ぶのに声を掛けられない子がいれば彼女が声をかけ、輪に入れた。
困っている人がいれば、たとえどんな相手でも手を差し伸べようとする子だった。
たとえそれが乱暴者で、いじめっ子で、常に周りを見下していて、自分に怪我をさせた人でも。

彼女が彼を助けようとしたのは、二人の関係が幼馴染だったからだけではないと思う。
もともと彼女は、そういう性格をしていたから。
クラスで少し嫌われている子の肩を持つような、子供向けの本に出てくるような子だ。
それは比喩表現なんかでなくて、実際にそんなことがあったから断言できる。
クラスで盗難が起きて、その犯人が自分の悪口を言った相手でも、庇ってしまうような素直な人。

"優しい"という表現は、ちょっと語弊があったかもしれない。
彼女は、彼女なりのヒーローになりたかったんだと思う。
彼女にとってヒーローは、誰かの"壁"になることだったのかもしれない。
大勢の人から浴びせられる嫌なモノから、守ってあげる"壁"。

僕はそんな彼女を守ってあげたかったし、だれでも助けようとする彼女が怖かった。
彼女が誰かを庇うとその嫌なモノが全て彼女に向いたし、小学校に上がった最初の頃は良かったけれど、だんだん状況が笑えなくなっていた。
だから、思ったんだ。
一緒にオールマイトの動画を見ようなんて誘わなければ良かった
きっと僕たちもヒーローになれるんだなんて期待をしなければ良かった
卒園式の日、僕がちゃんとかっちゃんを止めれば良かった

「私の個性をね、羨ましがる人がいるの。訳分かんない、みんなのいうヒーロー像とは全然ちがうのに」
「仕方ないよ。だってホントにヒーローになれる個性なんだから」
「じゃあ、私がヒーローになれると思う? どれだけ良いことしたって、私が嫌われてばっか。訳分かんない。みんな、ヒーローになりたいっていうくせに、全然かけ離れた事ばかりしてるじゃない」

言えば良かった。
ムリしないでって。
そんな思いをしながらヒーローを目指す必要なんかないって。
そう思ってすぐ、妙なことを聞いた。
マコちゃん、運動会の事忘れてたんだって
どこかで聞いたような話だった。


「もう、言おうよ。全部」

絞り出すようにそういえば、かっちゃんはみるみるうちに目尻が釣りあがっていく。
こんなことを言えば怒るなんてのは分かっていた、想定範囲内だ。
かっちゃんが女子と二人きりで話してるところを初めてみて、驚いた。
いや、小学校高学年の頃からあまり一緒に行動することはなくなっていたから、自分の知らない人間関係があって不思議じゃないなとは思ったけれど。
でも、相手がマコちゃんだと気付いて、もっと驚いた。
彼女は、マコちゃんは、もうかっちゃんのことなんて覚えてないはずだったから。

学食のあと、上鳴くんが他学科の女子にナンパをしていて、その一人が、やけに彼女に似ているな、と思った。
その日の帰り、彼女がいた。
僕の顔をみるなり「出久くんだよね?!」と興奮気味に声をかけられて。
僕を覚えていてくれたんだと、またマコちゃんに会えたんだと、嬉しかった。
でも、それもすぐに消えた。
彼女の友人が言っていた「体育祭で蹴落としてやる」という台詞。
「ホントはヒーロー科を志望していたんだ」と言いながら浮かべた苦笑い。
ほら、ね。そう肩をすくめるのに、心臓を握られたような気分になった。

運動会の種目を全部忘れるだなんて普通では考えられないことだけど、マコちゃんに関しては例外だった。
個性を使ったのは間違いなくて、かっちゃんがマコちゃんを避け始めて、昨日まで親しく話していたマコちゃんもまったくそのことを意に介していなくて。
そして、かっちゃんをまるで本当の赤の他人のように語る彼女を見て、確信に変わった。

「ヒーロー科に落ちても雄英に来たってことは、少しでもなろうって思ってるんじゃないかっ」
「あいつがヒーローに向いてねえって分かってて言ってんだろうな」
「でも、」
「お前が、あいつに、言ったんだろうが! ヒーローやめろってよ!」
「ちょっとあんた、何やってんのよ!」

胸倉を掴まれながら叫ばれたせいで、かっちゃんの怒声は頭の奥まで響く。
ガンガンと頭が痛む中、遠くにいるマコちゃんの顔が見えた。

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