10.

もう大丈夫! 私がきた!
昔起こった大災害でデビューして、たった一人で千人以上は助け出したという伝説を持つヒーロー。
すでに何十人――いや百人以上は抱えてきたというのに、まるでなんでもないかのようにバスを越えてきた。
轟々と燃え盛る炎をの背にそう言い放ったオールマイトの台詞は、その動画をはじめてみた時からずっと覚えている。

「すごい!」観終わって、ただただ呆然としていた私の隣で、出久はそう叫んで。
ヒーローになるということは、たくさんの人を救って、たくさんの人から称賛を得る。
幼かった私たちはそれがすごくカッコよくて、無垢で純粋だった私たちには憧れで。
だから、「カッコイイヒーローになる」という夢は、私たちの心を躍らせた。
そして現実を思い知らされて終止符が打たれたと思っていたそれは、まだ終わっていなかった。


A組の教室にあと少しで辿り着くというところで、あのカミナリくんと会った。

「あれっ、あのときの」

気付かないかな、とは思ったけれど、しっかり私の顔を覚えていたらしい。
私をみて驚いた顔をしたあと、笑顔を浮かべて声をかけてくる。

「えーっと、この前は…」
「あの子でしょ? 大丈夫、大丈夫。気にしてないから」

ごめんなさい、という前に、言葉をさえぎられてしまう。
やっぱり笑顔というよりヘラヘラした感じだ、彼の笑みを見ながらそう思った。
失礼だなあと自虐しながら「出久って教室にいる?」と尋ねる。

「たぶんまだいると思うけど、どうかしたの?」
「えっと、ちょっと相談したいことがあって…」
「悩み事? なら俺が聞くよ」
「えぇっと…」

パッと顔を明るくさせるのに、どうやって乗り切ろう、と考えてしまう。
噛みつくばかりなのも問題だけど、言うべきところで言わないのも問題だ。
自己嫌悪に陥りかけたところで、またA組の人が来るのが見えた。
カエルのような容姿の子だった。
出久の教室を覗いたとき、彼女が真っ先に目に入ったのでよく覚えている。
その大きな目がこちらを見て、二度三度瞬きをしたあと、ケロと喉を鳴らした。


「緑谷ちゃんなら、オールマイトに呼ばれて職員室に行ったわ」

カバンも持って行ったから、たぶんそのまま帰ると思う――そう教えてもらって、お礼を言う。
そろりとかっちゃんのことも尋ねると、いつも彼はホームルームが終わるとすぐに帰ってしまうらしく、少しホッとする。

「最近、爆豪ちゃんの機嫌が悪いの」

かっちゃんはいなくて格好のチャンスだったけれど、肝心の出久がいない。
そうして踵を返そうとしたとき、梅雨ちゃんが私を引き止めるようにそう言った。

「そうそう。今日なんか演習ですげえ派手にやってさぁ」
「マコちゃん、何か知ってる?」

ふざけんな――かっちゃんがそう吐き捨てた言葉。
心当たりなんて、ないはずがなかった。
梅雨ちゃんは私の顔をじっと見つめていて、なにを考えているのか、どう思ってるのか全く分からない。
それに、かっちゃんとは違った恐怖を感じる。

「ごめんなさい。私、何も知らない…」
「そう」

たぶん、全部とまでは言わないのだろうけれど、分かってるんだろうなぁ、と思った。
もう少し突っ込んでくるのかと思ったけど梅雨ちゃんはすぐにここを去っていった。
きっと他に用事があったのだろう。
上鳴くんはヘラヘラとした笑みを浮かべたまま「じゃあね」と手を振っていく。

ぽつんとそこに取り残されて、どうしようもない虚無感に襲われた。
出久がいなければ、かっちゃんもすでに帰路についている。
今日はもうA組に用事はないし、私もホームルームは終わっていた。
帰ろう、そう思って踵を返して下駄箱に向かう。

まだ、身体の奥の方でなにかが詰まっている感覚があった。
そのせいで頭がぼんやりとするような、頭痛のような感覚に襲われる。
訳がわからない。
私は怪我を治せる個性を持っていて、使うと怪我の度合によって記憶がなくなってしまう。
運動会のときだって、先生に教えられてようやく知りえても、自分からなにかを思い出すということはなかった。
なのに。

かっちゃん

彼をそう呼んだとき、小さい頃、出久と私と三人で親しく――と呼べるかどうかは分からないけれど――していたことを思いだした。
頭がすっきりと晴れるようなあの感覚はまだ覚えている。
無くしてしまった記憶は、もう取り戻せないと思っていた。
だから余計に訳がわからなくなった。
一体、なにが起こっているのか。

ふと顔を上げたとき、見慣れた癖っ毛の男子生徒が目に入った。

「出久!」

思わず大声でそう呼びかければ、彼は肩をびくりと震わせる。
振り返った顔は、やっぱり出久だった。

[ ][ ][ 表紙に戻る ]
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -