画竜点睛を欠く

ボツになりそうな飯田長編ネタ

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なんだこれは。
コンクリートは砕かれ、金属のひしゃげる音が響きわたる市街地を逃げ惑っているライバルたちを尻目に、内心そう悪態を吐いた。
ヒーロー科の合格試験はたったの10分間。
合格するにはその10分でポイントを稼ぎ、上位36名に組み込まれなければならない。
プレゼンでは軽く説明されただけだったが、つまりは"そう易々と稼げるものではない"ということで。
ここは例年倍率300を超える雄英高校ヒーロー科の受験会場、自分は確実に蹴落とされる側の人間だと思っていたのに。
自惚れているわけではないと言いたかったけれど、着実に積み重ねている所持ポイントから、ヒーロー科入学も夢ではないと思い始めていた。

『標的補足――』
「こっちの台詞!」

おそらく、あと1分も感じないうちに試験は終わる。
そのうちにできるだけポイントを稼ぎたかったし、さらに言えば効率よく進めたかった。
が、10分も全力で個性を使い続けたことはなく、体力も限界に近い。
なんとか1P敵を行動不能にしたものの、疲労からか反射は悪くなっているし、頭も回らなくなってきている。

――ヤバいかも
自分でも分かるぐらいに、身体も息も凍えているように冷たかった。
計算が正しければ、現在の所持ポイントは先ほどの敵で累計40P、その前後だ。
残り時間もろくに分からないし、仮想敵だってどれほど残っているかもわからない。
ライバルたちの所持ポイントだって分からないのだ。
もっと稼がなきゃ――
そう思ったけれど、ついには足も震えてくるし、視界もろくに効かなくなってきていた。

激しい破壊音に後れを取ってしまったのも、そんな体力の限界からかもしれない。
砂埃が舞う中、見上げたそこに居たのは飯田が鋭く突っ込んでいたあの0P敵だった。
倒してもまったくメリットのない、ただデカいだけの破壊マシーン。
「大きいなぁ」ぼんやりそんな事を呟いたのも束の間、さっそくお得意の破壊を始める。
図体が図体だ、デカいだけに受験生である私たちに直接的に手を出してくるはずはないだろう。
だけれども、なんの配慮もなしに続けれた破壊活動で産まれた瓦礫たちは、容赦なく私たちに降りかかってきて。

低学年のとき、遊びに行った友達の家でやったゲームを思い出した。
残り時間わずかになると、突如"画面外"から石が降ってくるサドンデス。
どんなに好成績を残せども、その石に潰されてしまえばゲームオーバーとなる。

――ヤバい
0P敵と距離を詰めたのは、ほぼ反射だった。
ただ頭は付いて来ず、思うままに私は個性を使っていた。
なにがなんだか分からない。それでも、自分でも驚くぐらいの勢いで0P敵は凍っていく。
頭の先まで凍ったのを見届けると、へにょりと変な音を立てそうなぐらい間抜けに崩れ落ちてしまう。
試験終了、そんな声が耳に届くやいなや、私が目にしたのは、バランスを崩して倒れ込んでくる0P敵の大きな影だった。


 * * *


「苗字くん!」

入学式を終え、数日が経った頃だった。
新しい制服に身を包んで雄英の門をくぐった矢先、聞き慣れた声が耳をつんざいた。

「なんだ、飯田か」
「校内では姿を見かけなかったが、やっぱり君も雄英だったのか」
「うん、まあ…」

受験はおなじ学校の生徒もライバルとなると言うけれど、雄英のそれは他校と比べ物にならないレベルである。
飯田とは同じヒーロー科志望として最初こそ交流はあったものの、受験が近づくにつれてまわりの緊張感に呑まれ、お互いに敵視に近いものを抱いていた。
そのせいもあったのかもしれない。気付けば私の中で彼が少々疎ましい存在になっていて。
同校生は違う試験会場に設定されていなければ、またライバルを蹴落とす行為が認められていれば、確実に彼を狙いに行っていた。
冷静になってあのときの精神状態を考えると、そう断言できる気がした。
だけどこうして受験も終えたことでだいぶ余裕ができたというか、朗らかになった様子の彼を見るとやっぱり悪い気がして。

「しかし不思議だな。同じヒーロー科なのにクラスが違えばここまで遭遇しないものなのか」
「あー、言ってなかったっけ?」
「? 何を?」

同じ高校を受験したのだから、当然合格通知も同日である。
"合格"の2文字が連なれた書類――もとい宣言された動画――を見て、翌日すぐに担任に報告をしに行った。
幸か不幸か、私は飯田やほかのライバルたちと入れ違いで、「飯田も合格した」と担任から教えられたのだ。
私から報告していないのだから、先生から教えてもらっていなければ彼が私の進路を知るはずがない。

「いや合格はしたんだけど、まあ、家の事情でさ…」

そこまで言ったところで言葉を切って、首を傾げていた飯田を一瞥した。
少し間を置いてから「まさか」という表情になって、「そう言うことだよ」と告げる。

「せっかく合格したのに、蹴ったのか?!」
「うん。ヒーロー科は特待生、無理だったし。普通科はギリギリ滑り込めたから」
「だとしてもそこはヒーロー科を選ぶだろう! なぜ普通科に、」
「だって仕方ないじゃん。負担してくれるお金にだって限度があるんだから」

担任にも、似たようなことをなんども尋ねられた。
いくら施設に入るからといって、かの雄英高校ヒーロー科の合格通知を蹴っていいのか、と。
"施設"でも似たり寄ったりの反応だった。
一昔とは違って孤児よりも両親もしくは片親がいる子どもが多数派の施設で、私のような子どもは支援が見込められない。
おまけに、大人たちと話し合う時間も持てなかった。
施設には私以外にも受験生の子どもがいたし、保険で受けていた普通科には「特待生」を認められて。
まともに話し合いもせず、結論だけを告げた私に大人たちは驚きと安堵の顔を見せた。
あのヒーロー科に合格しながら蹴るという驚きと、普通科で特待生として学費など一部の免除を受けられるという安堵だ。

「たしかに君の家はほかに比べて経済的余裕がないと聞いたが…」
「あーもう、うるさい。人んちの話に首突っ込まないでよ」

よほど信じられなかったのか、それとも認めたくなかったのか、食ってかかってくる坊ちゃんを何でもないようにあしらう。
うざい、そう思う以上に、こちらの事情を深く知っているわけでもないのに突っかかってくるのが非常に腹立たしかった。
顔も知らない父親のせいで母子家庭という苦渋を強いられて、あげくその母さんが倒れて。
私には生きていくだけでも苦労する将来しか待ち構えてないのに。
ヒーロー一家のこいつは普通に生きてくだけでも人生イージーモードで、ヒーローを目指せる余裕もあって。
それでも飯田に当たるのは違うなと思った。当たっちゃいけない気がした。でも。

「私みたいな貧困層の気持ちは、坊ちゃんにはわかりませんもんねー」

下駄箱でそう吐き捨てた後、逃げるように普通科の教室方向へ走った。
教室に駆け込んでもほとんど誰も来ていなくて、暗そうな男子が一人本を読んでいるだけで。
やがて教室が同級生で溢れても、私にはできない他愛のない会話が繰り広げられるだけだった。


母さんがいなくなってから思った事があった。
思い返せば聡明中に行ったのも、ヒーロー科を目指したのも、全部母さんの意思だった。
私は母さんの操り人形みたいなもので、操る人間がいなくなってしまったら、人形はどうすればいいんだろう、なんて。
そういう面でも飯田は違った。
ヒーローである兄を見て、きっと自らヒーローを目指し始めたのだろう。
悔しかった。
何もかもが違うし、私が張り合っても勝てる相手ではないのだ。
机に突っ伏せて、固く目を閉じる。
なんか寒くない? そんな声が聞こえてきたけれど、無視して波のように押し寄せてくる微睡に身を任せた。


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