1ヶ月後に向けて

モブ男(→八百万→←轟)
「#深夜の夢小説60分1本勝負」(1月14日開催)に投稿したSSの拡張版

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お昼時の食堂。
他の時間帯は閑散としているこの場所も、昼時となれば各学科各学年から生徒たちが腹を満たすべく集まってくる。
が、経営科の生徒にとってはそれだけでなく、自身の人脈以外からも情報を収集してくるための場でもある。
だれかが取ったアンケートでは、普通科やヒーロー科は4割程度が弁当を持参してクラスで済ますのに対し、経営科は9割強が食堂を使用するという結果だ。
かくいう俺もその1人で、決まった小遣いやお恵みがないときは弁当を持参してでも食堂に毎日通い詰めている。
もちろん他学科でも同じように足繁く通っている生徒もおり、人の顔を覚えるのが苦手な俺でも彼らの顔は覚えていた。
向こうもきっとこちらの顔を覚えているだろうが、経営科と分かって近寄ってくるのはごく少数、かなり熱心な生徒ぐらいである。
彼らは彼らで将来を見据えて友好関係を築こうとしてくれるので、コミュ障な俺にとってはかなりありがたい。
耳を澄まして集めた情報をそんな"友人"たちに補完してもらい、それを古巣に持ち帰っては級友たちと照らし合わせていく。
その話題は、そんな中で拾ったショーモナイ会話の中から聞こえた。

「あと一ヶ月だな」
「もうそんな時期か」

帰り際、通りがかったテーブルで。
あと一ヶ月、そんな時期。
時間を確認する振りをしてケータイを見れば、今日は1月14日。
一ヶ月後になにかあったか考えるが、あのテーブルにいたメンツはたしか普通科、特になにもないはずだ。
正月気分も薄まり始めたこの時期、日程を考えても、俺たちが気にするようなモノは大体アレである。

 * * * * *

きゃあ、と隣のテーブルから悲鳴が上がる。
それは恐怖や畏怖といったものからではなく、何か"良いこと"が起こった時に女子があげる独特な悲鳴――まあ黄色い声だ。
そしてそんな彼女らに倣って視線の先を見遣れば、食堂に珍しい客がやってきていた故の悲鳴だと悟る。
轟焦凍、全国だけでなく雄英内でも難関なコース・ヒーロー科に所属、頭も良いが"個性"に関しては"推薦入学"のお墨付き。
おまけに容姿端麗、冷静沈着ともなれば女子の人気もうなぎ登りである。
例のイベントもあと数日、クラスでも誰に渡すだの貰いたいだの、ちょろちょろ小耳に挟む。
その程度には、轟焦凍のことは知っていた。

正直に言えば、俺はこの男があまり好きでない。
こうして黄色い声を上げる女子がいる程度には人気がある故に、という嫉妬からではない。
ちゃんとした理由が…あるわけでもない。
完全なる嫉妬である。訂正しておこう。

雄英高校ヒーロー科、1年A組――それを聞いて思い浮かべるのは、様々な事件や彼らの優秀さだけではなかった。
入学して早々の事件。
オールマイトが教鞭を執ると聞きつけ殺到したマスメディアたちに紛れ、ヴィラン連合が事を起こした日。
大混乱に陥った校内、狭い出口に殺到する生徒の中で、不運にも足をもつれさせて転倒した。
パニックで視野が狭くなっている人間が囲っている状況、その先どうなるかは容易に想像がつく。
絨毯になりかけていた俺を、壁をつくって助けてくれた少女。
「お怪我はありませんか?」そう声をかけてくれた彼女――八百万百の声は、いまだによく覚えている。
自分でも不思議に思うぐらい、その一件で彼女のことを好きになった。
メディアで助けてくれたヒーローに情景を抱く女性が取り上げられては「バカらしい」と思っていた自分が恥ずかしいぐらいに。

が、今の今まで、そのことを一切口にしてこなかったのにも理由があった。
経営科が拾ってくる情報はなにも"ヒーロー"に携わる話だけではない。
轟焦凍も八百万百も"推薦入学のお墨付き"で容姿端麗、頭脳明晰という共通点があるが、もう一つ、かなり華やかな噂がある。
あまり同士たちの食いつかないネタではあるものの、そこそこ信頼性があってほぼほぼ間違いないであろうとされている数少ないネタ。
一ヶ月後に控えた"戦"に現を抜かしている食堂で、俺はただ気持ちに整理を付けている。
目の前を級友たちと笑い合いながら通り過ぎていく彼女の記憶に、自分がいないことは確かなのだから。


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