華に訊く

「飯田くん。これ、頼まれてたやつ」
「あぁ、ありがとう!」

植木鉢を手渡すと、肩越しに一組の男女が不思議そうな顔でこちらを窺っているのが見えた。

「意外と重いな…。すまない、女子の君にこんなものを頼んで」
「いいよ。うち、これより重いものよく頼まれるから」
「君の家も大変だな」
「うちはこれが普通だから」

花屋の家にヒーロー科の彼が来たときは少し驚いた。
なんでもクラスに困ったクンがいるらしくて、どうしたらいいかと考えた結果、教室の景観を思いついたらしい。
それで観葉植物や花を飾ろうと思ってうちの店に来たと言う。
ヒーロー科だよね、と言えば、彼も驚いた顔をした。
雄英の生徒かと尋ねられて、頷いた。
校内がパニックになった時の、彼の行為は有名だった。
私も実際それを目撃したし、内心素直に「すごいな」と思った。
たぶん、ああいうことが普通に出来なきゃヒーローにはなれないんだなと。

「彼がその緑谷くん?」

パッと見は地味な少年だが、その心はヒーローそのもの。
飯田君は彼をそう評価していた。
緑谷君を語るときの飯田君は、目が輝いていた。
尊敬してるんだな、と思った。

「ああ、そうだ」
「こんにちわ」
「こ、こんにちわ…」
「飯田君の友達?」
「友達と言うか、知り合い。私は普通科の苗字」

女の子は麗日と名乗った。
こんな可愛い女の子もヒーロー志望なんだ、と内心、感嘆した。
教室を窺って見れば、外見からして個性あふれる生徒がいた。
そうすると飯田君はものすごく普通の生徒に見えて、なんだか不思議に感じた。

「一応、屋内用の植物にしておいた。水は三日に一回ぐらいでいいと思う。土が乾いてる時にね」
「分かった。大事に育てる」

そう意気込む飯田君と別れて、次に会ったのはその三日後だった。
そんなに早く会うとは思わず、出会い頭「どうしたの?」と尋ねた。
あまりに顔色が酷かったからだ。

「申し訳ない…」

そう言って差し出してきた手には、鉢が割れてバケツに入れられた、萎れた花があった。
道理でわざわざ普通科の教室まで来たのか、合点がいった。

「朝にはこうなっていたんだ…」
「…そう。えっと、どうする?」

新しいの持ってくるか、それとも別の鉢に植えかえて様子を見るか、尋ねた。
しばらく考え込んだあと、彼は鉢を植えかえると言った。

「ねえ、大丈夫?」

余程ショックを受けているのか、本当に顔色が悪かった。
なんども謝罪をされて、なんだか居た堪れなくなって。
そのバケツを受けとり、彼は教室へ戻って行った。
あたりのオーラが暗く見えるほど、その後ろ姿は花のように萎れていた。

放課後、店先で新しい鉢に植えかえていると、そばで誰かが足を止めた。

「いらっしゃいませ、」
「その花、お前の?」

そこには雄英の制服を着た少年がいた。
雰囲気が不良染みていて、少し恐怖を覚える。
見たことある顔だな、と思ったが、まじまじと花を見ているのと、開口一番言った言葉から、A組の人と推測する。

「知り合いに送ったんです。だけど鉢が割れてしまったので、」
「ふうん」

少年は話しの途中で、そう言って店を去っていった。
飯田君の言っていた困ったクンかな、と思った。

翌朝、家を出ると飯田君がいた。

「ああ。苗字さん、おはよう」
「お、おはよう飯田君」
「植木鉢は僕が持とう」
「あ、ありがとう」

飯田君はすごく大事そうに植木鉢を持っていた。
昨日はよほどショックだったのかと尋ねると、しばらくしてから肯定した。

「せっかく届けてくれたものを…、僕の監督不行届きだ」
「でも、一昨日の夜は地震があったみたいだし。こればっかりは仕方ないよ」
「しかしあの程度で落ちるとは思わないんだ」

たしかに、鉢植えが置いてあった棚は傾いていたわけでも歪んでいたわけでもない。
日常的なあの揺れで落ちると言うほうが、少し不可解だった。


放課後、栄養剤を持ってヒーロー科のA組まで行くと、あの不良っぽい生徒を見かけた。
余程機嫌が悪いのか、その顔つきはひどく歪んでいる。
目を合わせちゃいけないな。そう思った矢先、教室から飯田君が憤怒の表情で飛び出してきた。

「爆豪! 君は一体全体どういうつもりなんだ!」
「ああ?!」

前後から怒声が響き、思わず肩を竦ませる。
喧嘩。そう直感した。
飯田君と目が合って、直後彼は少し狼狽した表情をとった。

「だから謝っただろ、これ以外に何しろってんだ」

このバクゴウとやらが例の困ったクンだ。そう確信する。
しかしこんな不良とは思わず、内心ひどく焦った。

「彼女にも謝れ」

ドスの聞いた声を出すバクゴウに、飯田君は怯まずそう言った。
まさか二人の喧嘩に私が登場するとは思わず、身体が強張る。
なんせ男兄弟もおらず、こうした喧嘩にも遭遇したことがなかった。
そろりとバクゴウを見ると、相当、不機嫌そうな顔だ。

「…鉢植え割ったの俺だよ。悪かったな」

その言葉の意味を理解するのに、少し時間が掛かった。
父さんは、鉢植えを変えたあと栄養剤を与えれば、なんとかなるだろうと言っていた。
バクゴウのその言葉に頷くと、大きく舌打ちしてすぐに立ち去ってしまう。
それに飯田君が「本当に反省しているのかその態度は」と怒っていた。

「飯田君、いいよ。花もそんなにひどい状態じゃなかったから」
「しかしだな!」
「そんなカッカしないで、怖いから」

そう言うと、一瞬きょとんとした顔をして「だが」と口ごもった。

「これ、栄養剤。水に混ぜてあげるタイプのなんだけど、どうする?」
「どうするとは…」
「見本とか見せた方がいい?」
「…頼みたい」

教室に行くと、思ったより人がいて一瞬慄いた。
まだ一ヶ月も経っていないとはいえ、ヒーロー科でない生徒がいれば絶対に浮く。
しかしさっきまで男子二人が喧嘩していたとは思えぬ空気に、もしかしてあれは日常茶飯事なのかなと思った。

「水と栄養剤は、一対一ぐらいの割合ね。ジョウロがこのサイズだから、半分ぐらいでいいと思う」
「水のやりすぎは禁物というやつだな」
「そう。分かってるじゃん」

つい友達口調になってしまったが、飯田君は特に気にしていない様子でホッとする。
それに乗じて、少し疑問に思ったことを訊いた。

「ねえ。あのバクゴウ君って子なんだけど」
「あぁ、あいつは少し性格に難ありでな」
「なんで割っちゃったかとか言ってた?」

しばらく無言が続いた。
ジョウロの水を遣りきり、顔を見ると少し眉間にシワを寄せていた。

「…聞いてなかった」
「そっか。じゃあ、それだけ聞いておいてもらっていい?」
「気になるのかい?」
「まあ、少し。聞きにくかったら私が聞くけど」
「いや僕が聞いておく」
「ありがとう。じゃあ」

栄養剤を少量置いて行き、足りなければ店に来てくれれば渡す、と言っておいた。
その前に枯れてしまえば、勝手に処分してしまってくれてもいい、とも。
飯田君は学級委員の仕事があると言って、職員室前で別れた。

帰り道、コンビニ前でバクゴウ君を見かけたが、声を掛ける前に顔を逸らされ、早足で去ってしまった。



「あっ、飯田くんのトモダチさんだ!」
「こんにちわー」

店番がてら、水の交換をしていた所にヒーロー科の男女らしき二人と会った。
男女らしきというのも、男の子の隣に女子制服がぽっかりと浮いていて。
女の子の声もそこから聞こえているようで、面白い個性だなあと思った。

「なるほどお花屋さんやってるんだ」
「そう。あの花は元気?」
「元気だよ、学級委員ががんばって面倒見てる」

まだ出会って間もないのに、飯田くんが休み時間置きに様子を見る姿が浮かぶ。
それに相槌を打つと、クラスでもめちゃくちゃネタにされてるらしい。

「そうそう、私は葉隠透。あなたは苗字さんだっけ」
「うん」
「爆豪が鉢植え割ったってので、飯田がすっごい怒っちゃってさあ」
「あぁ、あれは私もびっくりした」
「えっいたの、あそこに?」

葉隠さんの代わりに、そばにいた男の子が驚いた顔をする。
へーそーなんだぁふーん、と含みを持った相槌をするのに、たしか自分が遭遇したのは最後の場面だけだったな、と気付いた。
飯田くんも喧嘩みたいなことをするんだなと思ったぐらいで。

「飯田さー、あれから結構いじられてるんだよ」
「あんまり言わないほうが良いんじゃないかな、それは」
「なら聞かないほうがいいかもね」

男の子は、遅れて尾白だと名乗る。
飯田くんがいじられている、というのには、少し興味があった。
でもこうして裏で聞いてしまっては彼に悪い気がして。
2人はこれから遊びに行くと言って(尾白くんは葉隠さんに言われて仕方なくという感じで)花屋を去っていった。

あたりを見回すと、ちらほらと下校中の雄英の生徒がいた。
ちょうど雄英と最寄駅との道付近にあるせいか、店の前を彼らが通っているのは知っていた。
ぼんやりと雄英に進路を決め始めたのも、彼らを見ていてだった気がする。

水換えがちょうど終わった矢先、だれかがそばで足を止める。
顔をあげると、あのバクゴウくんだった。
しばらく無言で見つめ合うのに耐え兼ねて声をかける。

「なにかお探しですか?」
「これ」
「えっ」

無言で、押し付けるように差し出された茶封筒。
いったいどういう意図なのか分からず、呆気にとられていると、大きく舌打ちをされて無理やり握らされる。
感触と質量から、小銭が入っているようだった。

「こ、これっ」
「これでチャラだからな!」

喚く彼に思わず慄いて、硬直したまま去っていく後ろ姿を見ていた。
それからしばらくして、封筒の中を覗いてみると、小銭以外にも千円札が1枚入っている。
小銭と合わせると、ちょうど飯田くんに渡した花と鉢植えのソレで。
訳も分からずそこに棒立ちしていた私を不審がる交通人の視線で、ようやく封筒をポケットにしまった。

(続きます)


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