つめたいてのひら

夜中にふと目が覚めた。
一度寝付けばなかなか起きない性質なのに。
これは夢だろうかと疑った矢先、寝室の扉が開く音がする。
相次いで聞こえてきた足音に、ああ彼が帰って来たからかと納得した。

「あれ、起きてたの」

私が起きていることに気付いたらしい人使は、ちょっと意外そうに声を上げた。
私だって、今日は遅くなると連絡を貰ったときは、まさかこんなに遅い時間になるとは思わなかったのだけど。
それがちょっと面白くなくて、「帰ってきた音がうるさくて」と告げる。
物音か気配かで起きたのは事実だけど、それほどの騒音だったかというと嘘。
「そっか、ごめん」と申し訳なさそうに言う人使に、私は短く答えて寝返りを打った。


「なあ、名前」
「なに?」

一度寝付けばなかなか起きない分、一度目覚めてしまうと寝付くことも難しかった。
どうしてだろう、とは考えなかった。
だってこういう体質の人はたくさんいるし、滅多に起こる事でもない。
だから、その原因を追究しようなんて思わない。
どうしても眠る必要があるならば、食器棚にある睡眠薬を飲めばいい話。
だからこの話は人使には話していない。
話せば彼がどう感じるか百も承知だったからだ。

「この前の、話の、続きなんだけどさ」
「……うん」

付き合い始めてから一年、彼に"これから"の話をされた。
人使は"ヒーロー"だ。
逆恨みしたヴィランのような危険は付いて回る。
でもそれは私だって似たようなもの。
私たちは似た者同士。
ヒーローか一般人かの違い、それだけだ。
そんな話をして、将来のことも考えたいと人使に告白された。

「後悔しない?」
「それ、前もした話」
「本気なの?」
「うん。本気で考えて欲しくて」

背後でもそりと動く音がする。
私がどうして寝返りを打ったのか、見透かされたような気分だった。

「俺、たぶんしつこいよ。本気で考えてくれるまで詰め寄る気がする」
「そうね。たぶん私も、逃げ道がなくなるまで逃げると思う」

私は追い詰められるまでずっと逃げ続けるし、そうでない限り、絶対に自分を見詰め直そうとはしない。
ずっと昔からそうだった。
なにか事が起きない限りなかなか変わろうとしないのがヒト、だから。
そう、言い訳をし続けている。

「なあ」
「…………」
「どうしても、だめかな?」

声だけが降ってくる。
付き合って三か月で同棲を始めていっしょに眠るようになったけど、身体が触れていることはあっても夜のそれは一度も無かった。
理由は知らない。人使にその気がないのか、単に私がその兆しに気が付かなかったのか。
でも、それに安堵してしまっている自分がいる。
いつでも逃げられると、保身に走りかけている自分がいる。

「……どうしても、私じゃないとだめなの?」
「うん」

ようやく絞り出した私の問いに、人使は即答する。
どうしても名前がいい、そう返されるのに、じんわりと頭の奥が熱くなった。


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