戦の水無月、前半戦(仮)

名前固定主です
オリキャラ寄りですので、苦手な方はブラウザバックをお願いします

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シマカだ
挙動不審に手拍子を続けながら、そう思った。
視界の端をチラリと飛んでいく黒い点、その腹に白い線が入っているように見えたのだ。
これって同族殺しになるのかなあ
そう思いながら、黒い点めがけて手刀を繰り出す。
しかし空中を飛ぶ虫をただの手刀で殺せるわけもなく、シマカも手刀を寸で躱して――風圧で退かされたと言うほうが正しいかも――いずこへと消えて行った。

私は虫は好きではない。
しかし種の根絶を企むほど憎んでいるわけでもない。
我が家に迷い込んでしまった場合、袋にいれるなどして外に逃がす平和的処置が望ましかった。
だがしかしそれでも、我が家に入ってしまった以上、逃すわけにはいかない種もいるわけだ。
代表的なそれが虫のアリエッティことゴキブリである。
季節関係なく現れる上、彼らに出没されては我が家が不潔な場所と思われるではないか。
しかもいちど根付いてしまえば爆発的に数を増やし、さらにはごくまれに生きている人間すら襲うと聞く。
それだけは絶対御免である。
無駄な殺生を禁ずる親でも、彼らは見つけしだい容赦なく殺せとの命令を出すほどだ。

そして、先ほどから自室を我が物顔で飛行しているシマカも、殺害命令を出されている種の一つである。
吸血を行うのは子持ちの雌だけで、理由もお腹の卵を育てるという名目ならば、吸血に目を瞑るのも致し方ない。
我々も子どもを持ち、育てる種だ。少しの情ぐらい抱いても良かろう。
だがしかし現実はどうだ。
血を貰った人間に感謝を述べるならともかく、かゆみや腫れといった症状を起こす唾を吐いていく。
しかも命を危険にさらす病原体を持つ輩も時折出るらしい。
きさまら何様だ、妊婦だからと言ってなんもかんも許されると思っているのか。
おまけにたった一滴の血で100個の卵を育てることができ、ひと夏で何世代も交代する。
なんでも、地球上の生物で一番人類を死に追いやっているのはこのシマカではないか、という推測もあるらしい。

これはどんな平和主義者でも庇い様がない。
これでも庇うというのなら、この脳内お花畑野郎めお前だけ地球上のシマカ全てと一つ屋根の下で暮らせ、そして○ね、と言ってやりたい。
下階から母さんに「香織! お客さんよ!」と呼ばれたが、「現在任務遂行中、しばし待たれよ!」と返した。
明日の小テストの勉強すら差し置いて立ち向かっているのだ。
少しぐらい許してほしい。

「この個性さえなければ薬が使えるというのに!」

この季節が近づくと、必ずCMで流れるのがかゆみ止めのムヒや室内にも撒ける殺虫剤の類である。
最近は外出前にワンプッシュすればよいものも出ているのだから、人類の進化は素晴らしい。
そう褒めたいところだが、それは"虫"以外の個性の人間であればの話である。
残念なコトに、我が一家は個性"ゴキブリ"の父と"シマカ"の母、そして母の個性を受け継いだ私と父を受け継いだ弟の、いわば"害虫"一家であった。
(ちなみに家族全員で殺虫剤のパッチテストを行たところ、例に漏れず全員アウトであった)

弓をかすかに弾いたような、ぷーんという音が耳元を掠め、思い切り頭を振ってその姿を探す。
いくら同族とはいえ彼らは理性を持たず、おまけに自分も被害を被っているのだから、情け容赦をかけるつもりはない。
母もさすがに私たちを妊娠した際は血液を求めたが、当然国から許可書を貰って、病院から血液袋を定期的に提供してもらっていた。
(吸血欲求も妊娠していた期間だけで、産んでしまえばあとは普通の食生活に戻るのである)
ふと、白い壁に、見慣れぬ黒い点がふわりと止まるのを見た。

「よぉしいたぁ!」

勢いよくビンタを壁に食らわす。
ドン、と壁がダメージを受ける音がして、(やった!)と心の内でガッツポーズをしたのも束の間。
ぷーん、と細かい羽音が耳に届く。
視界の端を、シマカが飛んでいく――のをピンク色の何かが捕らえる瞬間を見た。

「香織ちゃん、またやってるの」

後ろから、ピンク色の何かの主であろう人物の声がした。

「また梅雨ちゃんに敗けたぁ…」
「蛙っぽいことはなんでもできちゃうから」
「うぇーん」

ケロ、と得意げに喉を鳴らされるのに、私は膝をついて嘘泣きをする。
いつもこうだ。
この季節、シマカが出ると私は決まって奇妙なダンスを繰り返す。
そしてその場に彼女がいれば、大概このようにして事が終わるのだ。
彼女の前で、私がシマカを仕留めたことは一度もない。一度もだ。

「明日の小テストはいいの?」
「血を吸われる前に仕留めねばと思って…」
「香織ちゃんは刺されても腫れないじゃない」
「そうだけど、うざいんだもの!」

あのなんとも言えない、弓をかすかに弾いたような音。
耳元であんな音を出されては堪ったもんじゃない。
集中できるものもできまい。

「ところで、私も明日は小テストだからお話しは早く済ませたいのだけど」
「あ、ごめん」
「今度、クラスの子たちと生物の勉強を一緒にすることになったの」
「あーそれに私も一緒にと?」
「そう」
「全っ然オッケー!」

梅雨ちゃんの頼みならなんでも聞くよ!
そう快く請け負ったことを、後々深く後悔することをまだ私は知らなかった。


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