ちょっとだけ傷ついた

先日、心操が告白されたという噂を聞いた。
なんでも告白したのは同じ普通科の女子で、以前から気になっていたが、体育祭の一件で決心したという。
たしかに体育祭のときはすごく格好良かったし、ヒーロー科はともかく、普通科としてあそこまで登り詰めたのは、とんでもない偉業を残したことになる。
しかしその当人は何事もなかったかのように振舞っていたのを思い出した私は「いや、まさか」と笑った。

が、その夜になって、「まさか」は無かったな、と思った。
まるで彼がヒトに好かれる人間ではないと決め付けているようで、罪悪感が湧いた。
ヒーローを目指す彼は立派な人だし、個性を"ヴィラン向きだ"と言って後ろ指を指すのは救いようのない阿呆なのだ。
そう思っていたはずなのに、告白されたと聞いて、「まさか」と笑ってしまったことを酷く恥じた。

「ねえ、告白されたってホント?」
「やっぱそっちまで届いてるのか…」
「で?」
「うん。された」

あっさりと認められるのに思わず「まじか」と口に出る。
1人で妄想を捗らせる内容でないだけに、本人に聞いてしまえと締めようとした結果だ。
当の本人は面倒事を背負わされたかのような表情をしていて、告白は上手くいかなかったのかな、と推測する。

心操とは、帰り道がたまたま重なるのが週に1,2回と思ったより多い。
地元が同じであることを考えると低いのかもしれないけれど、私は多いと感じていた。
お互いに気付いていても言葉を交わさないこともあれば、今のように世間話のようなものをすることもある。
しかし、ここまでプライベートなことを聞くことはなかったと思う。
それぞれの科では今何をしてるのかとか、テストだとか、思い出せる限りではそういう話ばかり。
友達や恋愛事情なんて、クラスの女友達とすらしたことがないから、なんだかむず痒い気持ちになる。
話題を反らそうかとも思ったけど、それはそれでわざとらしい。
「相手、どんな子なの?」とムリヤリ野次馬根性を引き出して、続きを促してみる。

「うん、可愛い子」
「どのくらい?」
「読モやってるって言ってた」
「読モ」
「うん、読モ」

心操の口から"読モ"という言葉が出てくるとは思わず、オウム返しのように同じ言葉を返してしまう。
普通科女子の読者モデルと聞いて、思い当たる人物がいたからだ。
耳の早い経営科がそんな重要な設定を聞き逃すとは思えないけれど。
が、その彼女ではないにせよ、読者モデルをしているということはそこそこ容姿が良いということになる。
雄英に通いながらモデルをしている才色兼備なのだから、その心情察して欲しい。

「…それ、受けたの?」
「実はまだ返してない」

お、と思った。
また出てくる新しい情報に思わず身を乗り出してしまいそうになる。
なんとかそれを堪えて、「まじか」と二度目の言葉をつぶやく。

心操とは幼馴染みで、帰りが同じになると、世間話をしたりしなかったりする。
その程度の仲で、お互いに踏み込んだ会話をしたことがなくて、これからもずっとそうなのかもしれない、なんて思っていた。
もしかしたら、仕事上、お互い縁を持ったり、ずっと深い関係になったり、するかもしれないと思ったことはある。
でも、まだそういう関係じゃない、そうなるのはずっと先のことだ、と。

「俺、その子のこと知らないからさ」
「あのさ。その子って、頭一つ分ぐらい背が高かったりする?」
「あ、知ってる?」
「そっちは知らないけど、こっちはみんな知ってる」

やっぱりあの子か、と食堂で彼女を見かけたときのことを思い出す。
「見りゃ一発で分かる」と級友に言われた通り、彼女はたしかに背が高く雑誌に載るような美人で、一際目立っていた。
そもそも入学式で「一際背が高くて美人な女子がいる」と話題になり、「雑誌で似たような子見たことあるよ」なんて聞けば、経営科が動かないわけがない。
世間一般からヒーロー科が注目されるように、"編入制度"が導入されている普通科にも経営科は目を光らせているのだ。
たとえそれがこの"ヒーロー社会"と直接関係がなくとも。

「心操はさ、その、どう返そうかって、考えてる?」
「……めちゃくちゃ考えてる」

心操は、もともとそうだった顔をさらにげんなりとさせる。
基本耳の早い経営科だが、恋愛のソレとなれば同じ実力の人間が普通科にはいるはずだ。
きっとその餌食になっているに違いない。

「友達からって思ったんだけどさ」
「うん」
「なんか、それでいいのかなって」
「……"いいのかな"、って?」

"まだ恋愛対象としては考えられない"という意味合いでの"友達から"は、充分理解できる。
きっとその先の"それでも考えられなかった"時の気まずさも、分からなくはない。
恋愛関係のゴタゴタはこの年にもなれば経験していても不思議ではないし、していなくても恐ろしさは知っている。
しかしそれ以外の、それ以上のモノも含まれていそうな言い方に、(やめておいた方が)という心の制止を無視してしまった。

「俺、好きな子いるんだよね」

「へえ」と上ずりそうになった声を押さえながら言葉を返す。今の自分はどんな表情をしているだろう。
なんだよ、と言いたげな顔をしてこちらを見遣る心操に「それって聞いて良いの?」と尋ねる。

「聞き出してそっちで話すつもり?」
「それは相手による」
「……じゃあ話さない」
「えー、教えてよぉ」

誰にも教えないからとせがんでも、教えない、苗字の知らない人、と頑なに拒否される。
しかし険しい表情をしているものの、顔中真っ赤になっているせいで台無しになっている。
その表情に、その言葉にまったく傷つかなかったと言うと、それは嘘だった。


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