神様でいるのは難しい

「フミいる?」

いじめられっ子体質故に、小学校、中学時代と女子とはほとんど無縁な生活をしてきた緑谷出久。
彼にとって「見知らぬ女子に話しかけられる」というのは大事件であった。
…のは数か月前までの話であり、体育祭で一躍その存在が知られて以来、地味で暗くてオタクな彼に声を掛けてくる人物は一段と増えた。
そして当然、その数に比例して異性の数も増えてきたわけで。
あれほど苦痛だった世界はなんだったのだろうか、と最初こそオドオドしていた緑谷出久も、現在ではすっかり「少数派」のランクから脱した存在になっていた。

「えっと、たぶんB組の子じゃないかな?」

しばしば訪れるA組の客は、体育祭の時のような例を除き、ほとんどが委員会や先生の使いである。
彼女もその一人かと思い出久はそう返したのだが、しばらくキョトンとした表情を見せた後、

「ああ、ごめん。常闇いる?」

そう言って、肩越しに教室内を見ると「なんだ、いるじゃん」と声を上げた。


 ***


「それで、話ってなに?」

苗字名前は、常闇踏陰とは小学校時代からの幼馴染ではあるが、仲は親しいと呼べるほどではないと思ってた。
4歳で個性が発症し、6歳にもなれば使い慣れてくるとはいえ、やはり"事故"を起こしてしまうのが子供である。
そして、子どもの手に負える程度の問題児ならば、クラスの面倒見のいい子どもにその世話係を任せられる。
名前と常闇はそんな関係であり、お互いそういう関係でなければ会話はおろか顔すら合わせなかったはずだ。

「まず、俺のことを"フミ"と呼ぶのは止めろ」
「え〜、なんで?」
「お前も男みたいな名前で呼ばれたら嫌だろう」
「えっ私全然気にしない!」
「…………」

そんなことを話すために呼び出された、とは名前も思っていない。
かといって、彼が思ってもいないことをわざわざ口にする人間でないことも分かっている。
それでも不真面目な返答を返すのは、そういう性格だからか。
硬いくちばしの変わりに目を細め、常闇は続けた。

「夏の合宿で、思った事がある」
「ああ、ヴィランに襲撃されたっていうあれ? 常闇は大丈夫だったの、なにかされた?」

ふと思い出したように言う名前に、常闇は呆れかえった。
すぐに解放されたとはいえ、常闇も一度はヴィランに拉致された身である。
学校側にもその報告はすぐに行っただろうし、親にも酷く心配された。
だからきっとこいつもそのぐらいは知っていただろうと。
しかしその話に触れないという事は、知らされていないのか、それとも関心がなかったのか。
一瞬、名前を咎めようと口を開いた常闇はその言葉を飲み込んで、一呼吸置く。
また話がずれてしまうし、自分から言う話題でもないからだ。

「もう会うのは止めようと思う」
「え? つまり?」
「今すぐの話じゃない。"世話係"と"問題児"は終わらせよう」
「えっ。ほんとに何かあったの」

名前の個性は"閃光"だ。
かの"光る赤子"と似たような個性で、光に当たっている時間が長ければ長いほど、強く長く光る。
常闇の"世話係"にはうってつけの個性、と言われた記憶があったが、もう誰に言われたのかすら二人は覚えていない。
単に記憶があやふやなだけなのか、それとも何度も、誰からも言われたからなのか。
どうして二人がセットにされるようになったのかも、きっかけすら覚えていなかった。

「もしかして、なにか突破口でも見つけたの?」

体育祭の報せが入ってから、常闇から初めて名前に付き添いを頼んだ。
光が弱点という問題は、ヒーロー科の試験に合格し、除籍の危機を乗り越えたとしても変わらない。
だから光に強くなる訓練を、と名前を頼った。

名前も頼られるのは嫌ではなかったし、受験のときは名前の方から無理やり練習に参加していたから、むしろ大喜びで受けた。
それでも、爆豪とのトーナメント戦で弱点を徹底的に突きつけられた。
それは名前も見ていたから知っていた。
だから、ヒーロー科には夏休みに強化合宿があると聞いて、"プロの訓練を受けられる"と期待した。
きっとヒーローすら目指していない素人の自分が、訓練の相手になるよりも、と。

「黒影を抑えきれなかった」
「…なんで?」

黒影は暗闇を好む。
辺りが暗くなれば暗くなるほどその力を増し、主人であるはずの常闇でも抑えきれなくなる。
だから名前が"世話役"に選ばれた。
(理屈は分かるが、光の絶えないこの時代、光の個性など当てなくても良かろうに)

「ヴィランに襲撃されたときだ。灯りを奪われた」
「…………」

私がそばにいれば、と的外れな自責の念を抱いたが、常闇はそれを否定した。

「それで思った。俺が強くなるべきなのは"闇"だ。"光"ではない」
「……なるほど」

常闇の言葉に納得し、深く考えるふりをしながら、名前は彼の言葉に動揺していた。
幼いころの関係が無ければ会うことはない、とは自覚しつつも、それでも10年弱を共に過ごしてきたのだ。
それなりにお互いのことは理解している(と思う)し、親しくはなくとも言いたいことはすぐ言える仲だった。

それに。
"世話役"という表現は正しくない。
名前はただの"いざというときのストッパー"だ。

その常闇に、「もう関係を終わらせよう」と告白された。
今すぐではないがそう遠くはない未来。
"光"である私が必要のない未来を、常闇は望んでいる。

「先生は、なにか言ってたの? 個性の事」
「相談する手間も無かったな。合宿での課題が、闇に対するものだった」
「そう」

常闇がヒーロー科を志望していると知ったのは、いつだっただろうか。
光が弱点だと分かり、強くなる手伝いをしようと決めたのは、いつだっただろうか。
その感情が、歪み始めたのはいつ頃からだったか。

おそらく、太陽神という言葉と概念を知ったときである。
日本人は"宗教"や"神"といった言葉に疎い。
それらを強く意識して過ごしたことがないからだ。
しかし彼女はふと耳にした"太陽神"に、自身を重ねてしまった。
どこで知ってしまったのかは覚えていない。
"闇"を司る彼に、"光"である自分はかけがえのない存在だ
むしろ自分がいるからこそ彼がいるのではないか

名前は小さく肩を竦めながら「うわあ」と呟いた。

「どうした?」
「えっ、あ、いや…。こっちの話」
「そうか。話はこれだけだ」
「うん。じゃあ」

踵を返してクラスに戻る常闇の背を見ながら、名前は思った。
もはや彼に自分が必要だと思っているのは自分だけだった。
そもそも彼がヒーローを目指すと決めた時点で、自分が不要になることは分かっていたわけで。
さてどうしよう、腕を強く摩りながらそう呟いた名前も、踵を返した。


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