一生の不覚を引き換えに

目の前に、二人組の男がいる。
二人ともそれなりに体格が良く、所属している部活動も全国レベルの強豪だ。
その男たちの視線の先には、つい最近知ったばかりの女がいる。
心操の席からは教室の対角線上の端にある席に着き、なにか本のようなものを読んでいた(その顔には、本に感情移入しているのかはたまた内容が難しいのか、どこか憂い気な表情が浮かんでいる)。
二人はその女にちょっかいをかけるかどうかで話し合っている。
その内容も、ちょっかいをかけられる側としてはあまり面白くないものだ。
女が少しでも「面白くない」という反応をすれば、男たちは勝手に「つまんないやつ」と吐き捨てるような。
しかし女は視線に気づかず、当然、どんな話をしているのかも知らない。

同じく自席にいた心操人使は悩んだ。
ここで二人組にやめるように制したとして、自分にメリットはあるだろうか。
むしろ変に話をこじらせてしまった場合、心操自身が二人の嫌がらせに遭ってしまう可能性もある。
相手も一応は雄英高校の生徒だ、最悪のケースは免れるかもしれないが、あんな話をしているのだから、大して変わらないかもしれない。

「なあ、あんたら、あいつの知り合い?」
「は?」

二人だけの世界に入り込んでしまっていたのか、そう声を掛ければ、意外そうな顔でこちらを向いた。
その顔を見て、心操は内心「しまった」と後悔をする。
いくら自分に"洗脳"という強い後ろ盾があるとはいえ、こういうタイプの人間は面倒であるとよく知っていた。
それに、むやみやたらに個性を使ったところで、心操ばかりが得をするわけもなく、むしろ追い込まれてしまうのだから。
が、声をかけてしまってからではもう遅い。
心操は意を決し、男たちにまっすぐ視線を向ける。

「いや、違うけど?」
「あ、そう。そういう風に"聞こえた"もんだから」

悪いね、と薄ら笑いを浮かべれば、男たちは怪訝な顔をする。
嫌みを込めて言ったつもりだったが、伝わっていればと思う反面、どうか誤魔化してくれと願う自分もいた。
しかし心操の願いは叶わず、男たちは「面白くない」という表情になる。

「そういうお前は知り合いなの?」
「違うよ」
「ふうん」

すっかり話し合いも冷めてしまい、時間も次の授業が始まる頃だった。
二人とも解散して、それぞれ自分の席に着く。
片方が着席するとき、ちらりとこちらを見たのが気掛かりだった。



「心操くん」

放課後、クラスの掃除分担で外掃除を任されたメンバーの中に、例の女がいた。
心操自身、目の前で会話していた二人組が話していたぐらいで彼女との接点はなく、恩着せがましいことをするつもりもなかった。
だから少し交流のできた他のクラスメイトと組んで掃除をし、彼女とは"縁ができたら"ぐらいにしか思っていなかった。

しかし、一人で行動をしようという時、ふと名を呼ばれて顔を上げた先に、彼女がいた。
教室で本を読んでいたときのように、どこか思い悩んでいるような表情だ。

「心操くんだよね」
「……そうだけど」

どぎまぎしながら応えた心操は、そこで彼女の名前を知らないことに気がついた。
だから彼女が心操のことを知っていることに少々衝撃を受けた。

いったいどこから心操のことを聞き入れたのか。
純粋に記憶力が良く、自己紹介のときに顔と名前を一致させていただけかもしれない。
それとも心操自身が覚えていないだけで、どこかで接点があったのかもしれない。

…まあ、その辺の話はこれから聞けばいいか。
心操はそう自分を言い聞かせ、彼女に「なにか?」と尋ねる。

「その、ありがとう」
「…なにが?」
「昼休み、私のこと話してた男の子、止めてくれたでしょ」

心操はその台詞に一瞬固まって、すぐに大筋のことは理解した。
二人組の話題にされていると気づいてない、というのは心操の思い込みだった。
ただ本に集中していたように見えた表情は、実際はどう対処しようか悩んでいた末だったのだろう。
ちらりとこちらを見た片方――もしかしたら彼は、彼女を話題にしていたことがばれていると知っていたのかもしれない。

「私、個性で耳が良いの。教室内だったらだいたいのことは全部聞こえてて、その…ほんとありがとう」
「あ、いや、そう。聞こえてたんだ…」

ああそうか、と心操は納得する。
言ってしまえば個性はなんでもあり。
目の良い個性がいるように、耳の良い個性だっているわけだ。

しかし予想外のところからのアクションに、心操の思考回路はまだ少し固まっていた。
頭を下げようとする彼女を制しつつ、「別にいい」「気にしなくていい」を繰り返す。

「ええと、俺たちどこかで話したことあったっけ」

なんとか回りはじめた頭で、心操はそう彼女に問いかけた。
彼女は一瞬、考えるそぶりを見せた後、合点がいったような表情を浮かべる。

「えっと、たぶんないです。その……私、結構人の会話を盗み聞きしちゃってるんで、その時にお名前……」
「ああ、そうなんだ」
「ごめんなさい」
「謝らなくていよ」

普段は耳栓をしているらしいが、この時期は"ああいうこと"もあるから、付けたり付けなかったりをするらしい。
自己防衛はだれだってするものだ。彼女の場合、それに適した"個性"をもっていただけで。

「あんたはなんていうの?」
「え?」
「名前。ソッチだけ知ってるのもアレだろ」
「あ、えっと、苗字名前です」

敬語でいるのに靄のようなものが胸の辺りを掠めるが、あまり咎めるべき点ではない。
少し気まずいのもあって、心操は「教えてくれてありがとう。じゃあ」と言い残し、用具倉庫へ向かう。
苗字名前はそんな心操を追うことはせず、なにか言いたげな視線だけ送って下駄箱へ戻っていった。
周囲の様子を見ればさっきまで指示を飛ばしていた教師はおらず、クラスメイトたちも談笑をしている。

心操はふと、彼女の耳はどこまで聞こえるんだろうか、と思った。
聞いておけば良かったなと思い、ため息を吐く。
昼の二人組が、下駄箱前の階段を降りてくるのが見えた。


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