残雪

まだクリスマスの方が近いのに気が早い

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「あ、麗日さん」
「あっ、名前ちゃん、久しぶり〜」

年も越して、あと一ヶ月で冬休みに入る頃。
女子トイレから戻る途中だったらしいA組の子――麗日さんに遭遇した。
飯田の紹介で出会った女の子だ。
私ほどではないけれど、あまり家が裕福でなくて、それでヒーローを目指したと聞いている。
私にはそんな思考回路がなくて、すごいな、と思って素直にそれを伝えれば驚いた顔をされた。
「飯田くんにも同じこと言われた」らしい。
それにちょっと渋い顔をしてしまったら、あとからこっそり飯田が少しショックを受けていたと聞いて、複雑な心境になったのをよく覚えている。

「それ、もしかして?」

気付かれないうちにと、後ろに"それ"を隠そうとした矢先。
そう聞かれて、「いや別にそういうんじゃ」と答える間もなく、目を輝かされてしまう。
あ、どこかで見たことある目だ、そう思って、すぐに思い当たった。
飯田の見舞いに行ったときの、緑谷のあの目だ。

「別に照れんでええよ! 名前ちゃんもそういうとこあるんやなって、思っただけ」

名前のように麗かな笑顔でそう言われるのに、むずむずしたものが胸のあたりを這う。

「…やっぱ、いまは辞めとくわ」
「えぇ?!」
「なんか変な空気なりそう」

昨日の夜は、相当悩んだのだ。
どうせ飯田のことだから、風紀がどうとか校則がどうとか言って、目を光らせているのは目に見えていた。
帰りに寄り道をするにもごちゃごちゃいうタイプだから、持ってきても受け取ってくれるかどうか。
結局、かばんに突っ込んでそのままふて寝するように寝てしまって今に至る。
のだけれども。
むずむずが腹やのど元あたりまで来たところで、麗日さんと別れた。
というより私が逃げるようにそこを去った形だ。

眉間にしわを寄せながら、手の中にある、この季節ならではのラッピングがされた箱を見る。
この一週間、施設のキッチンは大忙しだった。
私が入り込めるすきまはなくて、帰り道に寄ったショッピングモールの一角でこっそり買ったもの。
それを隠すように両手で包みこんで、深く溜息を吐いた。


 ***


「大丈夫かい?」
「うん」
「そんなはずないだろう」
「…………」

白を通り越して赤くなってしまった手をさすられながら、小さく溜息を吐かれる。
らしくないことをしてしまったと後悔しながら、ごめんと小さく謝った。
飯田は短く「気にしてない」と返して、しばらく手をさすられる。
母さんと違って硬いけれど、温かい。

結局、あのあとチョコは渡せず終いだった。
翌日会った飯田が古臭い大人のようにけしからんと言っていて、それに同意してしまったの運のツキだ。
しばらく気まずい感覚もあって、あまり会わないうちに春休みになり。
会いたいと電話が来たのが三日前で、中間地点にある駅のすぐ近くにあるお寺で約束をした。

薄く雪の積もった寺の一角で、暇つぶしに雪だるまを作っていると、それを見ていたらしい子供たちがいつの間にか集まって来ていて、調子に乗っていまじゃもう作れないようなサイズの、親戚一同が入れるんじゃなかろうかというぐらいのかまくらを作っていた。
作った後に、そういえばここの住職に許可を取っていなかったな、と心配に思ったけれど、騒ぎに気付いて出てきていたらしい住職が子供たちに混ざっているのを見つけて、それもすべて吹き飛んだ。

そこに飯田がやってきたのだ。
すぐにそのかまくらが私の仕業だと分かったみたいで、呆れられるかと思った。
が、待たせてしまった!と慌て始めてしまうのに、「そっちか!」と頬を抓ったとき、すごく驚いた顔をされて。
それに私が驚いて手を引こうとした瞬間、その手を捕まえられて先ほどに至る。

「きみも案外こどもっぽいところがあるんだな」

そう言われてしまうのに、ぐうの音も出ない。
個性なんて滅多に使えないし、しばらく形が残るような、派手に使ったのなんて入試試験のときが最初で最後だ。
それも、最後に繰り出した凍結を最後に力尽きて気絶するほど。
あれほど疲れる使い方をしたことはなかったが、あんなに"楽しい"個性の使い方をしたのは、初めてだった。
その入試試験には劣るけれど、ヒトにすごいすごいと言われて使うのは、やはり気分がいいのだ。
だから、そう言われてしまっては、何も言い返せない。

「しかし、氷でなく雪を作るのは難しいんだろ?」
「えっ」

そう言われるのに、ぎくりと身体が固まる。
たしかに、私の個性は凍らせる方が得意だし、ああいうふわふわした雪を作れるようになったのは最近の話だ。
個性についてなんてほとんど語っていないのに、なぜ知っているのだろう。
それが顔に出たのか―というか実際出てしまっていたのだが―、「轟くんから聞いたんだ」とネタ晴らしをされる。
あの半焦半冷野郎め、と内心毒づきながら、「まあ元が同じだしね」と溜息とともにいう。
ああいう坊ちゃんで、しかも半焦半冷なんて。
羨ましい、妬ましい
そこまで思ってしまったところで我に帰って、頭を振る代わりに咳払いをする。

「それで、会いたいって?」
「あ」

早く来て遊んでいた私のせいだろう、飯田はそういえばという顔をしてそう声を漏らした。
が、そう漏らしたものの、口を真一文字に結んでしまって、無言が続く。

しばらく経ってから、決意したように深呼吸して「これを渡したかったんだ」と、カバンの中からそれを取りだした。
淡いピンクのリボンが付けられている透明の袋。
それに思わず、唖然としてしまう。

「手袋…?」
「ほら、君は個性が凍結だし、冷えやすいだろう? それに冷え症で悩む女性も多いと聞くし、えぇと、それに君が手袋をしてるところを見たことが無かったから…」

尻すぼみしながら続ける飯田の顔を、ちらりと見る。
明らかに目が泳いでいて、それが酷くおかしかったけれど、笑えなかった。

「ありがとう」

そう言いながら淡い青色のミトンのそれを受けとる。
ふつうならこういう所では、ピンクみたいな暖色系を選ぶだろうに。
私があまり暖色系の小物を好まないのを、飯田は知ってたのかもしれない。
それが少し嬉しいのと同時に、申し訳なさも感じる。
私は、何も送っていないのだ。

「ねえ、このあとなにか予定ある?」
「いいや、ない」

首をぶんぶんと振る飯田に、「ちょっと付き合って欲しいんだけど」と誘った。


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