前 無個性ヒーロー

「お前が無個性で良かったよ」

煙草を吹かしながら男は言った。
もし私が個性持ちだったら、きっと大惨事になっていたからと。

「でも、何かしら"能力"があればヒーローにはなれるよ」
「たとえば?」
「アイアンマン」

私が無個性だと断定されたのは、学校の男子と喧嘩して、脛の骨にヒビが入った時だった。
無個性と個性の間に身体的特徴の差があることには、幼心に驚いたのを覚えている。
なかなか個性をもつ兆しを見せない私に、我慢できなかった母が「ついでに調べちゃえ」と調べた結果だった。

「おまえ、数学嫌いだろう」
「何も知らないくせに」

鼻で笑う彼に、中3で受けた全国模試の成績表を見せた。
苦手だった数学は一年生ですでに克服している。
理科も塾や図書室に置いてあった教科書や参考書を読み漁ったし、英語も片親がフィリピン人だという友人に協力してもらった。
成績は学校トップだし、全国でも全教科トップ10だ。
男が驚いた顔をするのに、少し気分が良くなる。

「あとこれ。お母さんに判押してもらった」

雄英高校の単願書。
母も父も、妹も個性持ちだ。
私だけが持っていない。
この悔しさは、私と同じ人間にしかわからない。

「無個性は入学できないぞ」
「ウソつき。だったらこんなの書けるわけない」

アベンジャーズのトップ3、キャプテン・アメリカや雷神ソーと違い、トニーだけは体質的特徴のないいわゆる"無個性"だ。
けれど彼は自身の技術と豊富な資金で、アイアンマンと言うヒーローになった。
彼は頭脳という能力を武器に、ヒーローたちと肩を並べて戦っている。
だから、無個性の私にだってヒーローになれる可能性はあるのだ。

「で、その豊富な資金はどこから持ってくるつもりだ?」
「私のおじさん。この計画を話したらノリノリで手伝ってくれたわ」
「あのクソジジイか…」
「それすごく失礼」

私と同じ、無個性の伯父。
ずっとヒーローに憧れていたという伯父は、喜んでアーマーの製作に手伝ってくれた。
けれどアイアンスーツのデザインをそのまま反映することはできない。
だからデザインに通じているおじさんの知り合いも呼んで、もうすぐ完成品が誕生するのだ。

「じゃあ、お前が1年間消えてたのは…」
「4ヶ月ぐらいはずっと大学までの数学と理論をやって、あとは伯父さんに実践とソフトウェアを教わってた」

1年という人生のタイムロスは、小さいようで大きい。
一般の給料で換算すると、たった一年の浪人で約4000万の損をすると言われている。
年功序列の日本社会。二年以上の浪人など考えたくもない。
それでもヒーローになりたいかと問われて、私は一瞬迷ってしまった。
しかしどちらにしろ、伯父の経営している工場は中卒でも技術次第でそれ相応の給料を払っていた。
仮に失敗しても、伯父が面白いから雇うと豪語してくれた。

「学校では先生の方がいいよねー」
「そういうことは入学してから言え」
「それすごい先生っぽい」

男を見上げる。
180を超える人間は、女子からするとすごく威圧感を感じる。
長髪とヒゲも相俟って、一見しただけではものすごく近寄り難い。

「あ、伯父さんからメール」

アーマーの試作機が完成したというメールだった。
資金を提供してくれるとはいえ、もちろん限度がある。
だから試作機はそのまま完成版に転用するし、ゆえに私が実際に動かしてみるしかない。
コントロールできなくなる状況を考えると、もちろん怖い。
けれどノーリスク・ノーリターンだ。

「本当にリターンなんてあるのか?」
「でも、やらなきゃ」
「そこまでしてヒーローになりたいか」
「じゃあこの一年はなんだったんだってなる」

私はこのために4000万を投げた。
チャレンジしなければ、何もかもが水の泡になる。
ものすごく嫌そうな顔をする彼を一瞥して、伯父の工場に足を運んだ。

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