夏休みリセット

「おや、轟くんじゃないですか」
「…………」
「へー、今日のお昼はお蕎麦なんですね。ランチラッシュは白米周辺が一番ですが、それ以外もプロ並みで最高で美味しいんですよねえ」

肩越しに轟の所持している食券を見遣るや否や、苗字は(半ば専売特許の)マシンガントークをかましてくる。
夏休み明け、一ヶ月ぶりの学校で昼食も学食にしようと軽い気持ちで食堂へ足を運んだことを、轟は早々に後悔した。

初対面で快くない発言を受けて以来、関わりたくない人間リストに加わったのだが向こうにとってそのリストは関係ないらしい。
むしろ積極的に関わろうと隙あらば神出鬼没的に現れるのだから、半ば諦め気味な対応をしている。
「おう」とか「そうか」とか、あからさまに話題を繋げる気のない適当な相づちでも、この女は勝手に話を続けるのだからまあ良いだろう。
自分が嫌われているという自覚はあるようだったが、全く意に介していないらしい肝っぷりはある意味すごい。

「そうそう。先日はどうもありがとうございました」
「なんのことだ」
「教室で気絶してたときの事ですよ。ちょうどいいので、コレ差し上げます」

そう言って差し出してきたのは、轟が手にしているものと同じ食券。
違うのは印刷されている文字が「蕎麦」ではなく「Bセット」となっている点である。
その下に小さく「11連セット」と書かれている辺り、一食分安く売られているソレの一枚なのだろう。
生憎、轟はすでに蕎麦の食券を手にしているし、今日は気分で学食へ来ただけで今後も来るかは分からない。
そう遠回しに断ったが、「まあここは受け取っておいてくださいよ」とポケットにムリヤリねじ込まれた。

「ところで、最近の飯田くんは大丈夫ですか?」
「? ああ。至って普通だぞ」
「そうですか。体育祭の後、ものすごく荒れてたので心配してたんですよ。安心しました」
「……お前もそういうの気にするんだな」
「意外って顔ですね。一応これでもそういうトコは気にしますよ」

励まそうにも私じゃ刺激するだけだし、あの時期の飯田くんは近づくに近づけなかった、と口を尖らせる。
関係性はともかく、他人の心情を察して距離を置いていたことを意外に感じたというのは、たしかに本当だ。
(実際、こうしてすぐ表情からピタリと思惑や心情を当てるのだから、意外ではないのだが…)

「マラソンの時は普通に話してただろ」
「あれは、飯田くんから声を掛けてきたからですよ」
「そっちが手伝うって言い出したって聞いたぞ」
「確かにそれは私からですが、最初に声を掛けてきたのは飯田くんです」
「ふうん」

頑なにそう主張するのが引っかかり、納得したような返事をしつつも疑問が芽生える。
苗字がヒーロー科の生徒にしつこく絡んでは飯田がその間に入るという光景を、轟は入学直後から見てきている。
体育祭後――飯田の兄インゲニウムがヒーロー生命を絶たれて以来、その光景に彼女が言うほどギスギスした空気を微塵も感じてこなかったのだ。
そもそも飯田の視界や思考に彼女がいたのか、彼女が本気でそれを狙って近づかなかったのかは疑問だった。
しかし、思い返せば返すほど、夏休み後も"至って普通"な二人の通常運転が見られた記憶がない。
クラスにまで足繁く通ってきていたのだ、会話する所がひとつやふたつはあってもいいはずなのに、それすら怪しかった。

「まあそういうことなんで、飯田くんのこと、今後もよろしくお願いします」
「ずいぶんと上から目線だな。苗字も友達だろ」
「うーん、むしろ逆ですかね? たしかに付き合いはありますけど、私にはムリなんですよ。そういうことは」

夏休みリセットも効きませんし――、そう言ってBセットを受け取った苗字は仲間のいるテーブルへと去って行った。
ちらちらとこちらを見遣る視線と、声をひそめて話している様子は、あまりいい気がしない。
これも合わさって苗字と話す気が起きないのだが、今は少しばかり違う。

"むしろ逆"、"付き合いはあるけど"、"そういうことは"。
その意図するところになぜか胸の辺りがざわついた。
少なくとも苗字は、飯田にとって自身のことをその程度だと認識している。
ポケットに入った食券をどう使うか、少しばかりいつもと違った頭の使い方をしそうだ。

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