ときどき轟くん

ひやりとした冷気が髪の間をすり抜ける。
思わず寝ぼけ眼で頭上を見遣ると、髪を左右に紅白で染めた(地毛なのだが)少年がいた。
その頭部を見て、いつしか「おめでたい色の頭ですねえ」と言葉通りの発言をしてしまい、怒らせてしまった記憶が蘇る。
が、己の失言によって他人を怒らせた経験は数知れず。
この少年も度重なる私の発言に、皆同様の哀れみの視線を―侮辱も込めて―送っている。

「なぜ轟くんがここにいるんです?」
「飯田が探してたぞ」
「飯田くんが? なぜに?」

答えになっていないような返しだったが、ひとまずその言葉を素直に受け入れ、首を傾げる。
飯田くんという人物は、よっぽどでない限り、他人の力を借りてでも人を探す人間ではない。
すなわち、彼が私を探しているということは、何かしら理由があるということだ。
しかしその理由が思い当たらない。
教師のお世話にはならないよう、テストや成績に響かない程度には励んでいるから、授業関連のお達しではないだろう。
もしくは私の仕事である学級日誌の提出を忘れたのだろうか、とも考えたが、帰路につく前に返した記憶がはっきりとある。
『帰路につく前に』。
はたとそのことに気づき、一度帰路についた後、飯田くんと会ってお手伝いをしたのをようやく思い出した。

「あー、そういえば帰る前に一度会う約束をしていたような…」
「飯田は倉庫の方を見に行ってる。そろそろこっちに来るんじゃないか」
「お手数お掛けしますね。ところで、どうして轟くんも?」
「…………」

再度尋ねた問いに、表情は変わらないものの目が据わる。
その様子に、飯田くんは冷静な方だとは思っていたけれど、彼と比べるとかなり感情豊かなのだなあと感じる。

「もう下校時間過ぎてるぞ」
「下校時間…?」

今日のマラソン大会は熱中症防止のため、絶賛気温上昇中の日中を避け、午前には全学科全学年が午前中に終わるようプログラムされている。
とっっても合理的で配慮的だと思ったのだが、その後の後始末に手間取ってしまい、結局それら全てが無に帰ってしまったのだ。
しかし、それでもさすがに「下校時間を過ぎている」のは不可解だ。
いったいなんのことやら、という顔をすると、轟くんはほんとうに呆れたという風に驚いた顔をする。

「お前、気絶してたんだぞ」
「気絶……?」
「飯田の心配が的中したな」

とりあえずこれ飲め、と差し出されたのは、熱中症対策として幅広く知られているスポーツドリンク。
飯田くんに手渡されたものと全く同じパッケージだが、唯一違うのは、すでにその封が切られていることである。

「……相手が轟くんとはいえ、封の開けられた物はさすがに」
「変なのは入れてねえよ」
「変なの以外は入れたんですか?!」
「……じゃあお前、今これ開けられるのか」
「スルーですか。あと、どこぞのお嬢様方と一緒にしないでくださいます?」
「八百万は開けられるぞ」
「空想上の、という意味です」

真面目ですか、そこは飯田くんとそっくりですね、と軽口を叩く間も、轟くんにスポドリをいただこう、として異変に気付く。
つい中学生時代からの癖で、頭がはっきり覚醒するまで上半身を机に預けていたのだが、それが起き上がらない。
なんとか力を入れようにも倦怠感が酷く、頭もはっきりしてきているがどこかモヤモヤとしたものが支配している、要は頭痛だ。

「轟くん! 苗字くんが熱中症というのは本当か?!」
「たぶんだけどな」
「飯田くんうるさいです、頭に響きます」

私がようやく導き出した答えを叫びながら教室に飛び込んでくる飯田くんの顔といったら面白いことこの上ない。
のだが、実際その言葉通りの身の上なため、笑っていじるという行為ができない。
あと多分それを実行すると本当にクズになるのでやらない。
わたわたと慌てふためく飯田くんを横目になんとかスポーツドリンクを飲み干す。
が、その後ろから担架を持ったロボを引き連れたリカバリーガールがやってくるのを見て、思わす噎せた。
考えていたより事は大きくなっていたらしい。

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