そのA

「飯田くん。お友達作りは重要だと思うのですよ」
「たしかにそうだが、突然どうしたんだ?」
「君のクラスの爆豪くんを紹介していただきたいという話です」

へっへっへっと魔女のような笑みを浮かべる苗字くんを観て、すぐその真意に気付く。
彼女は中学時代からの同窓生であり、経営科で未来のヒーローを支えるべく勉強をしている(はずの)少女である。
しかしその実、「石油王の妻になる」「これでも真面目だ」と狂言を繰り返す人物でもある。
現在は知らないが、中学時代の彼女はクラスどころか学校中で「頭のおかしい女」と有名であった。
おそらく教師から二年下の後輩まで、彼ら全員が彼女を憐れむような目でみていたはずである。

「……爆豪くんしか知らないからそう言っているんだろう」
「そんなわけないじゃないですか。轟くんは言わずもながら有名ですし(ラインは交換してくれませんでしたけど)、この間、食堂でお茶子ちゃんを捕まえて一緒にお食事していた八百万さんや耳朗さんと顔見知りになれました」

女の子だけじゃありませんよ、と続け、上鳴くんや峰田くんはチョロかった、切島くんや鉄哲くんはとても良い人達ですね良い付き合いができそう、と喋り倒す。
思っていたよりも交友関係が広がっていることに衝撃を受けながらも、「変なことは言っていないだろうな」と念を押せば、「当然ですよ。将来の石油王候補に、そんな醜態さらすわけがありません」となぜか胸を張る。
なら僕にはそんな醜態を晒していいのか、と疑問が湧いたが、それを尋ねてもまた意味の分からない返答をされそうだと口を紡ぐ。

「しかし飯田くん。君はヒーロー科以外にお知り合いはいるのですか?」
「……いるに決まっているだろう」
「いま少し考えたでしょう、誰です? 名前を教えてください」
「教えてどうなるんだ」
「決まってるでしょう」

交友関係を広げるためです、と最後まで告げる前に、僕にばかり頼るなと突っぱねる。
中学のときからそうだ。
朝礼中に登校し、授業中は一切黒板を見ず、そうして放課後になって「今日は演習プリントのような物はありました?」と平然とした顔で聞いてくるのである。
たまには何も聞いて来ないと思えば、その日になって「どうして教えてくれなかったんですかあ」と泣きついてくる。
しかし机の中でくしゃくしゃになったプリントを広げていざやり始めてみれば、すぐに解き終えてしまうのだ。
どうして、本気を出さないのか、理解に苦しむ。

「言われると思いました。いいです、サポ科の発目ちゃんに紹介してもらいます」

聞いたことのある名前に思わずギョッとすれば、「なんだ、発目ちゃんですか」と呆れた顔をする。
たしかに彼女とは気が合いそうだ、とは思ったものの、本当に知り合いだったとは思いもしなかった。

「わあい、形勢逆転」

ニタニタと嘲笑うような笑みを浮かべる彼女を睨みながら、どう切り返してやるかと考える。

考えても見れば、生まれた家は似たような経済環境とはいえ、教育方針が全く異なるのである。
彼女の親は、成績さえよければそれで良しとする、人間性においてはかなり奔放な親であった。
僕は直接会ったことはないが、母さんが「かなり自由奔放な人よ」と若干疲れた顔をして言っていたことをよく覚えている。
ヒーローを、兄さんを目指して雄英へ進学した僕とは違うのだ。
爆豪のような口の悪い少女にならなかっただけ良かったのである。

「飯田くん、私はあなたほど真面目ではないのですけど、それなりに生きるすべは身に着けているのです」

と胸を張る彼女に、僕は「だとしてもだ」と少し論点のズレた反論しかできなかった。

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