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「苗字くん、授業中に寝るなんて不真面目極まりないぞ」
「いいじゃないですか、私はテスト勉強による睡眠不足を昼寝で補っているのです、邪魔しないでください」
「昼寝したところで睡眠不足が解決するなんていう話は聞いたことがない」
「だとしても睡眠欲求は満たされます、なので総合的には身体に良い」
「どうして君はいつもそう屁理屈をこねるんだ」

最後のテストが昼前の授業で終わり、そのまま帰宅すればいいところをなぜだかこの学校ではその午後に授業を入れたカリキュラムが設定されている。
どこぞのご令嬢・ご子息が大半を占め、きわめて勤勉な生徒の集まる学校であるために特別それを問題視する同士は少ない。
ゆえに私は孤高の戦士という立場を強いられており、朝礼中の登校や授業中の睡眠といった行為から、どうしてか問題児扱いされているのである。
猿でも入れる公立中学であったならクラスに一人はいるはずの存在が、なぜかこの私立中学では異端児扱いだ。不服である。

「飯田くん、世の中、真面目に生きていれば必ず報われるわけじゃないんですよ」
「だとしても真面目でいれば何かしら報われるさ」
「正論を振りかざしても不平不満を買うだけですよ」
「買っているのは君だけだぞ」

わざとらしく「ぶう」と頬を膨らませれば、飯田くんは呆れた溜息を吐く。
飯田くんとは、毎日飽きずに黒板にかぶりつき、教師や同輩と議論を交わし、あげく学級委員まで勤める真面目オブ真面目な少年である。
授業の大半をゆめうつつに過ごし、議論なんぞ「個人の考えを尊重します」で済ます、惰性に生きる私とは正反対だ。
ゆえにあまり反りが合わないのである。
世の中には正反対でも仲睦まじく接している者同士もいるらしいが、生憎私はそれとは無縁に生きていた。
なぜなら教師から後輩までその大半が、私の意見を耳にした途端、なにか可哀想なものを見るような笑みを浮かべるからである。

「私はいつか石油王の妻になるのです、今はその妻になるための素質を磨いてるだけに過ぎないのです。ですから放っておいてください」
「なにを訳の分からないことを言っているんだ。石油王なんて空想上の存在だろう」
「物の例えですよ。要はどこぞのお金持ちと結婚して、身の回りの世話を全部メイドさんにやってもらって、私は時間が足りないぐらい好きなコトに没頭してたい。つまりそういうことです」

欲望に忠実に生きてなにが悪い、そう漏らせば「世の中、思い通りに進むことなんてないぞ」と忠告をされる。

「知ってますよ。だからこうしてちゃんと学校に来て、席に座って、勉強してるんじゃないですか。石油王の妻が夢じゃなかったら、今頃公立で猿とお友だちしてますよ」
「猿とはなんだ。彼らに失礼だぞ」
「わあ、飯田くんが怒った」

言葉の綾ですようと弁解しても、君なら本気で言っていそうだと勘ぐられる。半分本当なのに。

私は奇跡的にお金に少し余裕のある家庭に誕生し、そこで教育熱心な母を持ったために私立の中学に進学することになった身である。
なので私立への進学は私の意思ではなく、また母も私のそんな心境を見抜いている。
そして母はそんな私を鞭打つことはなく、むしろ「好きにやりなさい。成績良好で卒業さえすればね」と宣告したのである。
母にとって朝礼の遅刻と授業中の昼寝はちょっとした誤差らしい。
そのため私の態度に学校で呼び出されては平謝りをし、家では「世の中ちょっと手を抜くぐらいがちょうどいいのよ」なんて愚痴を漏らす。
もしそれすらも許さない母親であったなら、たぶん私は今頃グレていた。

しかし、その逆を生きてきた飯田くんには私は至極不真面目で端的に言えばクソであるらしい。
なので私を見ていると皮膚の下がむずむずして胸の辺りがムカムカする。
そしてそれが我慢できない、そんなところだろう。
これを言ってしまったら彼はさらに怒るだろうが、行動原理はいじめっ子と同類な気がする。
しかし言えば怒られる。なので言わない。

「どうして君はいつもいい加減なんだ」
「そう教育されてきたからです」
「どうしたら真面目になろうとするんだ」
「充分、真面目だと思います」

飯田くんは怒りを通り越して呆れに戻って来てしまったらしい。
彼は大げさに溜息を吐いた後、じろりと私を睨んだ。少し怖い。

「なら次のテストで勝負をしよう」
「嫌ですよ、そんなの。私と飯田くんの成績、どれだけ差があると思ってるんですか」
「負けた方は毎週、早く登校して教室の掃除をするのはどうだ」
「無視ですか。そんで真面目ですか。いいですよ、勝手にやっていてください」

ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向けば、彼はキッと目尻を吊り上げる。
どうせ真面目な飯田くんだ、教室の掃除だとか町の美化だとか、そういうくだらないペナルティしか思い付かないに決まってる。
私が否が応でも応じるような、そんなもの。

「じゃあ、君が負けたら僕と付き合っていると言う噂を流すというのはどうだ?」
「はあ? なんですかそれ。困りますよ、隣の牛島君ならまだしも」
「素直に勉強で勝てばいい話だろう」
「……だれかの入れ知恵ですか?」

突拍子もない提案を出され、思わず飯田くんを見れば目尻を吊り上げたままである。
しかしどこかぎこちなさそうな様子に、ふとよぎった考えを口に出せばあからさまに身体を震わせる。

「そ、そんなことどうでもいいだろう!」
「誰かの入れ知恵ならいいです。勝手に流してどうぞ」

ぐうとうめいて肩を戦慄かせている飯田くんを横目に私は机に突っ伏した。
授業終了間近に目を覚まし、ゆっくりと覚醒していくはずであったところを彼にたたき起こされたのである。
蜘蛛の子さながら散っていった睡魔が再度襲ってきたのだ。
飯田くんの「まだ六限があるというのに!」と詰る声も無視をする。

私がやるべきことは一つ。
いざというとき困らない程度には成績を残すことである。
そして目指すは石油王の妻。

「演習プリントが配られたらよろしくお願いします…」
「名前くん、本気で寝るつもりなのか!」
「そうですとも、飯田くんも寝て見れば分かりますよこの気持ち」

お約束があるとするならば、それは適度に飯田くんをおちょくることである。
これが大変おもしろいことが分かったので、しばらくは面倒でも続けられそうである。

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