ボクは慣れたよ

いつもの時間、いつもの席に彼女は座っている。
珍しくいつものカフェモカをおかわりすると、また机に俯いてスマホ片手になにかを書き始めた。

小一時間、彼女はずっとそうしている。
いつもなら読書に耽るか時々やってくるお婆さんのお孫さん自慢に付き合っているのだけれど(今日もそのお婆さんがいるけれど、早々に彼女から申し訳なさそうに断っていたのを見た)、ずーっとそうしている。
そんな様子を見て、ほんとうに珍しいなあと思う。

「笹子さん、これはボクが持ってくよ」

夏の暑い日差しのせいもあってか、今日はお客さんも少なかった。
もっと珍しいことに、いつもカウンター席に座っているパンダくんやペンギンさんたちも今日は来ていない。
そして、「いいんですか?」とボクの言葉に甘えてくれた笹子さんに代わって、カフェモカを持ってカウンターを出る。

「はい、カフェモカ」
「えっ、あっ、ありがとうございます」

ふとこちらを見上げて、ギョッとした様子で身体を強張らせる。
その様子にもう癖なんだろうかと思いながら、彼女が必死にあけたスペースにカフェモカを置いた。

「それ、上海の人へのお手紙?」

遠目には分からなかったけれど、少女の手にある紙には均等にひかれた薄い線がある。
手紙のそれに書かれている文字は漢字ばかりで、中には日本では使われていない漢字もあった。
彼女は口元を引き延ばしながら、「えっと、その人のお友達に、です…」と答える。
ちらりとこちらを見上げてくるのに「国際交流だね」と答えた。

「中国の漢字って、書いたことないのが多くて…中国語も知らないし…」

ぼそぼそとそう続ける少女の手には、手紙を翻訳したらしい紙もある。
いまはその翻訳タイムだったのか。
どうも知り合いは少々手厳しい人のようで、少女の「お友達の手紙を翻訳してほしい」というお願いは"勉強"と称して拒否したらしい。
だから返事も少女が中国語に訳さなくてはいけないわけで…
憂鬱そうに溜息を吐きながら語った少女に

「そっか。がんばってね」

と言いながら、リンゴパイを一切れ差し入れた。


断ろうとした少女にパイを押し付けて、カウンターに戻る。
そうして笹子さんからボクがいない間に取って来ていた注文を受け取ったときに、笹子さんが物珍しそうに言った。

「あの子があんなに喋ってるの、初めて見ました」
「そう?」
「はい。あまりお喋りが好きじゃないのかなって思って」

笹子さんも、どうやらボクと似たようなことを思っていたらしい。

「好きじゃないっていうよりも、得意じゃないんだと思うよ、たぶん」

こちらをチラチラと伺うように見る少女。
"どこまで話そう" "私の話に興味なんてないかもしれない"
たぶん、そんな風に思ってたんだと思う。
続きを待っているような態度を見せれば、彼女も続きを話し始めたのだし。

帰り際、やっぱりアップルパイの分も支払う、と余分にお金を出してきたのをダジャレでなんとか押しのけて(最初からすでにどこから突っ込めばいいのか分からなかった様子で、それで混乱してくれたおかげでどうにかなった)、「明日はここに座ってよ」とカウンター席を指さしながら言った。
たぶんこの子は「ここ」といったらきっちり「ここ」に座る子だ。
ペンギンさんたちはいつもカウンター席に座るけれど、どの席に、というのはあまりないし、あったとしても問題ない、たぶん。
しばらく少女はその席を凝視した後、口をきゅっと結んで「はい」と小さく呟いた。

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