きみが言うならそれでいい

カラン、と来客を告げる鐘がなる。
顔を上げればそこには、最近しろくまカフェによく顔を見せるようになった女子高生がいた。

「いらっしゃいませ」
「こんにちわ」

小さな声で、わずかに歪な笑みを浮かべて少女はそう答える。
もともと社交的な性格でないのだろう。
ひとりでいる彼女に笹子さんが話しかけているのをよく見るが、他のお客さんにくらべてそれはとりわけ短く終わっていた。
いつもの奥の二人掛けの席で、席の一つに鞄を置いて、空いている方に座って笹子さんにいつものカフェモカを頼む。
と、思ったのだけれど、今日は少し違った様子だった。


ある夏の日、いくつか食材を切らしてしまっていたボクは街にでかけた。
もともと寒い地方に住んでいたのもあって、ボクは暑い気候にめっぽう弱い。
こちらへ出てきてもずっと空調の効いた店内にいたし、日射病や熱中症には成りやすい性質だ。
だから、ほとんどの生活必需品は生協を利用して、外出も比較的気温の低い時間帯が中心。
熱のこもりやすい構造をしている都市では、できるだけ空調設備の整っている地下鉄を使っている。

その日も地下鉄を使い、買い物がてら大きな市場に向かっていた。
そこで、あの少女と同じ制服をきた女子高生のグループを見かけ、この辺の学校に通っているのか、と心の内で思った。
そうして市場でいくつかのお店で新鮮な食材を購入したその帰り、彼女を見かけた。
リンリンのお店で、彼になにか花を注文している様子だった。

「こんにちわ」
「えっ」
「ああ、しろくまさん」

後ろから唐突に話しかけたせいか、彼女はギョッとした様子でこちらを振り向いた。
そしてボクを見ると、さらに驚いたような顔を見せる。
それには何一つ不自然な表情や仕草はない。

「いつもお店に来てくれてありがとう」
「えっ、あっ、ええと…」

が、途端に歪な笑みを浮かべて「いえ」と小さな声で応える。
そしてすぐに俯いてしまうのに、リンリンは慣れた様子で

「ああ、最近行ってるっていうカフェ、しろくまさんのトコだったんですね」

と彼女に助け舟を出した。
「僕もたまにお邪魔してるんですよ」
ね? と言う視線を向けられ、肯定する。

「しろくまさんも何かお探しですか?」
「じゃあ、カフェに飾れる小さなのを」


店頭に並べられていた小さなブーケを眺めながら、奥を窺う。
彼女はなにか特別なことがあるのか、注文したのは大きな花束だった。
淡い色のかわいらしい花が中心で、なにかパーティでもするのだろうか。
それに少しだけ、好奇心が湧く。

「今日はなにかあるの?」

またぎくりと身体を強張らせた少女は、上目遣いでこちらを窺ったあと「えぇと…」と口を開く。

「今日で、最後の人がいて…」
「お別れパーティか」
「ええと、はい」

ちょっと違う、といった感じのニュアンスで、彼女は答えた。
でもそれ以上彼女は口を開かなかった。
見下ろすと、チラチラとこちらを窺っていて挙動不審な様子。
続きを促すように首を傾げればようやく「それで」と紡ぎだす。

「私、その人にお世話になってて」
「へえ」
「本当は、お別れパーティも一週間前にやってるんです。でも私、忙しくて…」
「でれなかったんだね」
「はい。だから、最後にって思って、花を…」

そしてこのあと、空港でその人物と落ち合う約束をしていると告げた。
空港と聞いてそんなに遠いところなのかと尋ねると、上海のほうに、と答える。

「じゃあ餃子がおいしいね」
「…ええと、それは北京です」

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