いつもの泣き場所

地下水路への道を見つけたのは、小さい頃、母親に叱られて地下に閉じ込められたときだった。
暗くて怖くて床に額を擦りつけながらすすり泣いていたとき、かすかに泥臭い水の匂いがした。
相次いで水が流れてそれが大きな水たまりに着水する音がする。
水道はコンクリートに覆われた土の中にあるのだけれど、それとはまた違った音の聞こえ方だった。
私は泣くのをやめて、薄暗い地下をおっかなびっくり音源を探した。
やがて古い木製の板が床の隅にはめられているのを見つけ、子供の力でも剥がせたその下には、下水道があったわけだ。

都市伝説で聞く話、下水道には白いワニがいて、その正体は子どものころ下水道に捨てられ日光を浴びずに育ったものだと言う。
それを後から聞いた私はそのワニを恐れ、以来下水道に近づくことはなかった。


「そんなこんなで15年…17かな。いや10年かも。なにで叱られたかも覚えてないからいつのことか分からないし」
「家の地下が下水道に繋がってるって初耳だぞ…」

ライトをつけ、足元を照らしながら湿っぽく生臭い下水道への階段を下りていく。
昔は気にすることなく通っていたが、成人した今では身をちぢこませてやっと通れる道である。
とりわけ体格の良い兄には狭いらしく、さきほどとは少し離れたところから声が返ってくる。
こんなに狭いのだから本当は兄を連れてこようなんて考えなかったが、この家を売り払うとなれば話は別だ。
私たち兄妹が巣立ったのち、両親は不仲を理由に離婚を決行した。
母さんが"前時代的な家庭"を重んじる日本人だったせいもあるだろう、せめて私たちが巣立つまでは、と粘ったらしい。

「それに、地下に閉じ込めるなんて虐待じゃないか。隣のおばさんにばれてたら普通に警察が来てるぞ」
「それが原因じゃないの? 母さんたちの離婚って」

両親の不仲、それは異文化で育ったゆえの教育方針の違いだった。
思い返せば私がここに閉じ込められていたのも父さんや兄さんのいなかった時間帯だけだった気がする。

「ほら、ついた」

肌を舐めるような湿気の高さに不快感を覚えるものの、かすかに射し込んできている日光で下水道は仄かに明るく恐怖感はない。
灯りを持ってくれば本を読むには静かで良い場所かもしれない――そう思ったが、逆に本が湿気りそうでやっぱりノーサンキューだ。

「けっこう広いな…」
「どうする? 少し見てく?」

兄さんは曖昧な返事をして、ゆっくりと下水道を見回していく。
もともとなんにでも関心を持つ人だったし、今でもそれは変わらない。
私たちが知らないコトは聞けばすぐに答えてくれるし、分からなければ自分から率先して調べに掛かる。便利だ。

「なあ、あそこは?」
「あそこ?」

兄さんを見れば、ライトを奥に向けていた。
水道の向こう側――すなわち対岸だ。
そこにもこちらと同じようなスペースがあり、さらに奥へと続いている。
ちらりと兄さんの顔を見た。

「ねえ、行くとか言わないよね?」

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