柔らかな感触

基地にはテレビゲームの電子音と子供たちの上げる声が響き、時折ラチェットの排気音に似た溜息が混じる。
いつもと違うのは、ミコの上げる声に説明口調の言葉が多くなっていることだった。
もとより口数の多い少女だが、それとは少し違う。まるで何かを教えているような。
ラチェットは、ちらりと彼ら――もとい彼女ら――のために設けられた遊び場に目をやる。
そこにはいつもの通り子供たちがゲームに没頭しており、珍しくファウラー捜査官がそれに混ざっている。
そしてもうひとつ違う事。子供の数がひとつ、多かった。

「よし! 名前、次はマップ左上の赤いのを狙えだって!」
「分かった」

黒髪の少女は、以前からここにいた者たちに比べミコに順応である。
そしてそのミコも、少女に関してはラチェットらに対するものに比べて真っ当なことが多い。
と、いうよりも。

「ミコ」
「オッケー」

オンラインに繋げることで好成績を残せるらしいそれに、少女の名を残そうというとき、なんの躊躇もなくミコが少女の名前を代わりに記していた。
手元の動作を緩め、しばらくそれを観察していれば同じようなことが何度か行われている。
ミコが字を書き記し、簡単なものから特別な指令まで、一字一句ミコが読み上げる。

『ミコがそこまで面倒を見るのは珍しいな』
「え? なに?」
「仲が良いだけじゃないか。女の子同士だし。なあ、ミコ」
「そうそう、たぶん」
『だが名前を書くぐらい自分で…』
「私、字が読めないの」

ファウラーの言葉にも生返事を返すミコの隣で、名前はミコ同様に画面にかぶりついたままそう言った。
その続きは、当人たちが一瞬画面から離した注意を戻してしまったために紡がれることはなかった。

『は?』
「字が読めないって、」
「ああ、君が例の…」
「ディレクシアだろ? 前に学校で先生から聞いたことがある」

合点のいかない2人組をよそに納得していたジャックは早口でいう。
知的能力には問題ないが文字の読み書きが非常に困難な障害それがディレクシア
「そうだよね、先生?」そう締めながら顔を上げたジャックに、軍医ラチェットは渋い顔で見下ろす。
すでに検索を掛けて調べたのだろう、彼がそれ以上なにか言葉を発することはなかった。

名前は、学校では少し有名であるらしい。
読字障害を持っており、一方数学では才能を開花されている。
だから、彼女のクラス以外でもまれにその名と障害が教師の口から出ることがある、と。
ミコは幼いころからの親友なので別として、ラフとジャックはそれで彼女の存在を耳にしていた。

「あー、じゃあその喋り方も…」
「それとは違う」
「だから知的能力とは関係ないって言ったでしょ、ファウラーさん」
「じゃあ他にも何か障害があるのかい?」

しばらく、テレビゲームの電子音とBGMだけが基地内に響く。

「お父さんとお母さん、あまり家にいないの」

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