夏休み前B

「駅までって言ったじゃない」
「方向まで同じだとは思わなくて」

ごめん、とそっぽを向きながら言う心操に、別にいいし、と私も同じようにそっぽを向く。
"一緒に帰ろう"を彼なりに譲歩した言い方なのかな、と思って、頑張って素直にそれを受け入れたのに。
どこで乗り換えるの、と聞くと、私と同じ駅を告げられて、殊更面白くなくなる。

そういえば、あの時、心操が突然不機嫌になった理由。
会話にばかり意識が行ってしまっていたけれど、思い出してもみれば、私は先生に頼まれた仕事をしていて、心操はただそれを見ていただけだった気がする。
何度か「手伝おうか?」と聞かれたけれど、私は毎度それを断っていた(だって私が頼まれた仕事だし)。
たしか不機嫌になった直前もそんな会話だった。

「なあ。プリント、俺が半分貰うよ」
「別に良い。できるし」
「あ、そう」

あの時は心操だけが一方的に不機嫌になっていたけれど、今日は違う。
私も心操も不機嫌だし、その原因はお互いにあるわけで。
別に、私が素直に「手伝って」と言えばいい話なのかもしれないけれど。
どうしてそうしないかというと、それは「気に食わないから」に尽きる。

そうして、お互い不機嫌に無言のまま乗り換え駅で降車して、別々の路線を使って帰路についたのだった。
(帰宅後、私が心操から受け取ったアンケート用紙が半分しかないことに気が付いて、翌日戦争が勃発したのはまた別の話である)

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