それを私に下さい

「きみ、第三小隊の新しい子だよね」
「うん。これからよろしくー」

カラカラという擬態語が似合いそうな笑い方をする少女だった。
入学したばかりで何も知らない、それがあまりに哀れな明るさだ。

「ねえ、あのメガネ君ってどんな人? 指令以外だとあまり話してくれなくてさー」
「そのメガネ君って、仲間殺しの東郷リクヤくんのことかい」
「"仲間殺し"?」

食堂。
おばさんに大盛にしてもらった白米を前に、苗字名前は不思議そうな顔をした。
昨日も一昨日も、その前の日もおなじ量の白米を食べていた気がする。
いったいその体のどこにそれが入るんだ、と言うぐらいの量だ。
なぜだか太らないんだよねー、と言いながら捲った袖の下にはしっかりした筋肉がついているものだから、ああ、こいつ体育会系か、と心のうちで蔑んだ。
だが、戦っているLBXの動きはただの脳筋じゃなかった。
少なくとも、あの目立ちたがり屋の瀬名アラタや先走り屋だった星原ヒカルとは違う。

「東郷くん、そんな風に呼ばれてるの?」
「ああ。彼の小隊に入って、ピンチに陥って彼に守られた人はいないよ。みんな退学していった」
「それ、少し変じゃない? きみが知らないだけで実は…」
「本当だよ。不思議なことに、全員が全員、彼を守ってロストしていった」

気味が悪い、と吐き捨てる。
けれど苗字名前はしばらく考えるような顔をしたあと、パッと明るい表情になる。

「でも私、タフだから!」

そうカラリと笑う彼女は、最後の一口だったのであろう白米を掻きこんで、颯爽と食堂を去っていく。
つくづく第三小隊は気味が悪いなと思った。


そんな事があったのも忘れたころ、第三小隊がバンデッドに襲われ、援助を求める通信が入った。
それも苗字名前自身から。
余裕のあるからりとした笑い声と共に、『私らが死ぬ前に頼むよー』と残して通信は切られた。
彼女の送ってきた座標は少し離れた位置にあり、己の任務とその残り時間を考えても充分余裕のある距離だった。

自身をタフだと胸を張って評価していた苗字名前の笑顔が脳裏に浮かぶ。
それが過大評価でないことは、任務遂行の手際の良さを見ればバカでもわかる。
第三小隊に配置されすぐバンデッドに襲撃された際の反応速度と反撃は、悔しいけれど素直に称賛した。
だから、大丈夫だろう
そう安心しきっていた自分がいた。


「私は大丈夫だから、早く!」

東郷さん! と叫ぶ、余裕のない苗字名前の声が機内に響く。
火花を散らせ、なんとか敵の猛攻を防いでいる彼女の後ろにあの"仲間殺し"がいた。
バンデッドに通信を送っても向こうはまったくの無言だ。
横入りしようにも別のそれに妨害され、近寄ることすら不可能に近い。
受け身を取るにもいつもの機敏さがない苗字名前に、東郷はそれでもエスケープスタンスの体制に入る。

「あんた、また逃げるのか!」

苗字名前の機体はもう持たない。分かっているはずだ。
だが終始無言のまま、東郷はウォータイムを離脱した。
残されるのは彼の機体とロスト間近の苗字名前だけ。
言い知れない怒りに、バンデッドを力任せに破壊する。
そうして駆け寄ろうにも、狙撃兵がいるのか前方すれすれを弾丸が通った。

「おいあんたもいい加減にしろよ! もうそいつはエスケープ――」

ガシャン、と何か質量のあるモノが落ちる音がして、みると、そこにはLBXの腕があった。
狙撃兵の存在も忘れて見上げれば、そこには肩から先がなく、火花を散らせている苗字名前の機体がある。
膝をついているLBXの前で、少しの情けも見せず、バンデットはその頭に標準を合わせた。

「おい、苗字、」
「私、タフなの知ってるでしょ?」

いつものカラリとした、それでもどこか空虚な笑いが機内に響く。
直後、苗字名前からの通信が途絶えた。



「おい」
「あぁ、カイト。今日でお別れだね」

それが全ての荷物であったのか、それともすでに本土に送ってあるのか、苗字名前は膝ぐらいしかない小さなスーツケースだけを転がして乗船口に現れた。
その顔はここから追い出される人間とは思えないほど明るかった。
つくづくあの小隊の人間は気味が悪い。そう思った。

「いやぁ、親になんて説明しよう。私、親の反対押し切ってここに来たから」
「あんた、なんであいつを守った?」

体育会並みに自信家で熱い性格だった彼女が、仲間を助けるという場面は幾度も見た。
かつ任務の成功率にも定評があり、実力者として教師たちも仲間たちも評価を買っている。
それでも、自身がロストしかけてまで――そして実際ロストするまで守るということはなかった。

実際、彼女はいちど自国の仲間を見捨て、ロストさせている。
あの時は敵数が多く、仲間のLBXは損傷が激しく戦いはおろか動くことさえ不可能だった。
彼女の機体が100%の状態だったなら、「そこから逃げろ」という命令も背いていたかもしれない。
しかし彼女はなんの躊躇もなくそこから去った。
仲間の助けを求める悲痛な叫びに、戻ってきた彼女は微塵も憐れんではいなかった。

「あんたらしくない」
「うーん、なんでだろうねぇ」

あっけらかんとした様子でそう答えるのがカチンとくる。

「"それが私の役目だったから"、かな」
「役目? はっ、あの"仲間殺し"を守ることが?」
「そう」
「ふざけんじゃない」
「なにそんなに怒ってるのよ」

苗字名前は肩を竦めて、呆れたように言った。
中等部の5小隊から成るジェノックは、それこそ連合や同盟国から本気で攻め入られたらあっという間に没落する。
だから、実力はともあれメンバーのロストは国の存続に影響を与えるものだ。
苗字名前のような実力者なら、猶更。
なのにそれをなんとも思っていないような東郷にも、当たり前のように言っているこいつにもイラついた。

「じゃあ、私が東郷くんのことが好きだった、って言えば納得してくれる?」
「何言って…」
「ロストすれば退学なんて、誰だって知ってるでしょ」

それでもロストせざるを得ない状況から逃げなかった。
退学の危機に瀕してまで残った理由が、東郷への好意。
密かに想っている人間の危機を、誰が見捨てるものか。
それが苗字名前の主張だった。

「カイト、いままでありがとうね」

もうすぐ出港するというアナウンスに、彼女は最後に満面の笑みを作った。
スーツケースを軽々と抱えて船の中に消えていく苗字名前の背には、ただロストしていった者たちの空気はない。
ただ、やりきったという清々しさだけ。かつての第六小隊たちもそうだった。
一体なにが、第六小隊のロストを頻発させているのか。

いちどだけ、敵国の急襲にあったとき彼女に助太刀されたことがある。
戦闘ムードでなかっただけに隊の打撃は大きく、ロストしていても不思議ではなかった。
それを彼女に救われた。
自ら「お礼はデザートね!」と畳み掛けてきたのには嫌悪を覚えざるを得なかったが、彼女の実力に感謝しきれなかったのも事実で。

――私が東郷を好きだった、って言ったら納得してくれる?

彼女の言葉なんて、一片も信じる気はなかった。
だけど。
かつて仲間を救って自分も生還し、救えない仲間は見捨ててきた彼女が、身を挺してまで東郷を守った。
なぜ? どうして?
出港する船の甲板から、ひょこりと苗字名前が顔を出した。

「じゃーねー、カイト! また3年後!」

こちらはずっと無言でいるにも関わらず、苗字名前は、ずっと遠くにいっても手を振り続けていた。

その想いを僕にもください



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