帰る場所

突然抱きすくめられて、思わず「ヒッ」と声を出してしまった。
いつもだったらここですぐ離れていくのに、今回に限っては違った。
今までなら絶対にしないような力で抱きしめられる。
それもいつもなら了承を得てからのところを、だ。
こいつは誰だ、と思ってしまった。
押し付けられた胸部からは、カシャカシャ、キュルキュルと人間のそれではない音が聞こえる。
彼らは、地球上に存在するものと違って、容易に姿かたちを変えることが出来る。
だから、他の誰かに彼に化けられては、それをすぐ見抜ける自信がなかった。

「クロスヘアーズ?」

仄かに香る、火薬と金属の匂い。
それと、嗅ぎ慣れた煙草の匂い。
ますますおかしいと思った。
ハウンド曰く、昔は彼も人間で言う煙草的なものを嗜んでいた時期があったらしい。
けれどすぐやめたそうだ。
人間に擬態するようになっても喫煙をするハウンドに、キレていたのを思い出す。
そのクロスヘアーズから、煙草の匂いがするのだ。

「ねえ、そろそろ苦しい、」

そういえばディセプティコンも喫煙するという噂を聞いたことがある。
幸いにも拳銃は、手に届く卓上に置いてあった。
もちろんあのディセップが、誰かに化けて標的に近づくにしては詰めが甘すぎるのは百の承知だ。
音もなくそれを取っても、"彼"にお見通しなのはわかっている。
ただ警告に近い形で。

『お前は母星があって良いよなぁ』

帰るところがあって。
掠れた声でぼやいたそれに、思わず拳銃を取る手を止めた。
何を言っているんだと思った。
言ってる意味は解ってる。
光沢で輝いていた彼らの母星は、長い戦いで錆びれた鉄くず同然になってしまったと。
ただそれがどうしたと、思ってしまった。

「えっと、ホームシック?」
『お前、実家はどこだっけか』
「…日本だけど」

知ってるくせに、と身をよじりながらつぶやく。
それにようやく彼は腕の力を緩めてくれた。
帰りたいけど帰れない。
JPOPあるあるでそんな節があったなと、上がりそうになった口角を無理やり抑える。

『やっぱお前ら醤油くせーわ』
「アメリカに5年住んでる人間にそれ言う?」
『あとなんだこの匂い、豆が腐ってる匂い』
「あー…それは納豆かな」
『まじで地球人あたまおかしい』

おまえが言うか、とそれには思わず頬が綻んだ。
臭い臭い、とセクハラで訴えられそうなことを呟きながら、また腕に力をこめられる。
首筋にかかる、本来なら彼らには必要ない吐息にぞくりとする。

「ねえ、煙草吸った?」
『一本だけな』
「どこで買ったの」
『おまえの引き出しに合ったやつ』
「えっ」

耳の裏に鼻を擦りつけられ、まずかったかと問われた。
机の引き出しにある、すでに封の切られた煙草。
湿気ってたでしょと聞くと、やっぱりあまり美味しくなかったと答えられた。
おまえ煙草吸わないだろ、あれ誰の、と聞かれて、答えに困った。
元彼のか、とも聞かれて、首を振った。

「お父さんの」
『なんで机の中にあるんだよ』
「……話すとすこし長くなるんだけど」
『あっそう、なら聞かねえ』
「三年前にシカゴで死んだのよ。その時吸ってた最後の煙草なの」

明らかにクロスヘアーズの動きが止まった。
彼の内部から聞こえてくる音も一瞬止まって、こんどは急速に動き出す。
動揺してる。トランスフォーマーはみんなそうだ。
人間の鼓動が早くなるみたいに、彼らも動揺したりするとこうしてカシャカシャと音が大きくなる。

「残りってどうした?」
『…机に戻してある』
「そう、ありがとう」

シカゴの惨劇が、オートボット狩りを引き起こした。
だから、あの日に嗅いだこの煙草の匂いは、正直嗅ぎたくなかった。


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