愚者の進行

「アイドル科に転校してきたの、女子なんだって」
「それもプロデューサー科の試運転とかなんとか言ってたけど、ぜったいなにかあるよね」

演劇科に普通科、そしていままさに話題に上っているアイドル科のだれもが利用する食堂。
普段は利用できる区画がそれぞれ決まっているために、彼らと接点の持てない私たちでも遭遇できる機会だ。
しかし、だからといって気軽に声をかけられるわけもなく、行き過ぎた働き掛けをすれば生徒会のお出ましになる。
そうなれば成績への影響も多大になるわけで、賢い生徒たちは一瞥するだけで日常を繰り返す。

(本人がいるのに、ずいぶんと大きな声だこと)

ちらりと奥のソファに腰かけているグループを見やる。
最近見るようになった少年たちと、その中に混ざっている女学生。
彼女も新しいメンツになるが、注がれる視線にはアイドルと違いキツいものだった。
理由は単純明快。
気にくわないのだ。
“来年から始まるプロデューサー科の実験”という名目で、編入生というだけでわざわざアイドル科に一人投げ込まれた女子。
本人は特別そういう立場を望んでいたわけではないのに、“私たち”を差し置いてただ一人、公的なプロデューサーとなっている。

私自身、彼女を嫌っていないといえば嘘になるし、面白くない気持ちの方が勝る。
彼女が編入してくるまで彼らアイドルを支えていたのは、普通科で縁のあった生徒たちだ。
私もそのうちの一人で、今まで私が幼馴染に届けていたファンレターも、今では彼女の仕事になってしまった。
──名前ちゃん、可哀想
陰でそう言われていることに気付いたとき、まるで彼女に傷つけられたような気になった。
私たちという存在を黙認していて、都合のいい人材が出てくるや否や黙殺した教師も。
散々利用しておいて、教師の言い付け通り、厳しく私たちを取り締まり始めた生徒会も。
そんなことも露知らず、気楽に過ごしている彼女とアイドル達が、とんでもなく憎たらしかった。


「おい名前、最近なんかあっただろ」
「なんかってなに」
「副会長のヤロ〜がうるせえんだよ」
「あの過保護は無視してっていつも言ってるでしょ」

幼いころから親しくしているこの男は、高校生になりアイドルとなっても私と親交を持ってくれている数少ない親友だった。
そのためか、細やかな衣装や身内向けのイベントといった業者や学園に頼むには小さなものは、よく私に頼んできていたのだ。

「過保護なのは認めるけどよ、ヤな噂だって流れてるだろ」
「あんずちゃんの話? ならトリックスターに言った方が話は早いんじゃない?」
「転校生かばってせいでお前も標的にされてんだろ。双子から聞いたぞ」

図星を突かれるのに思わず顔をしかめ仰け反ってしまう。
あの兄弟、晃牙たちには心配かけまいと黙っていたことを。
転校生を快く思わない生徒が、彼女にちょっかいを出していることは知っていた。
しかし、その場に居合わせたわけでも目撃したこともなかった私はなにも口が出せなかった。
のだが、その出せる機会を得てしまっては、なにもしないわけにはいかなかったのだ。

――この子に手ェ出して、アイドル科が黙ってると思う?

びっくりするほど冷たく出た言葉。
いじめっ子たちも転校生も驚いていたし、私自身も衝撃でしばらく動けなかった。
あんなに嫌っていたのに、本人を目の前にしてそれを隠そうという自分が情けなく感じた。
そして、転校生への陰口に目をつぶっていた私が彼女をかばったことを、輩たちは手のひら返しと取ったのだろう。
苗字名前は転校生側――そう触れ回るようになり、特に彼女を嫌っていた同輩たちから白い目で見られるようになったのだ。
生徒会長もとい皇帝の右腕として働きまくっている副会長の蓮巳は、そういう勘が鋭い。
鼻が利くともいうのか、少し私が不機嫌になればすぐ察して小言を言われた。

「あいつ、もう動き始めてるからな」
「…………」
「吸血鬼ヤローも心配してる。あまり抱え込むなよ」

思わず唇を噛めば、晃牙は鼻で笑う。
昔からそうだ。
私の意表を突けば勝ち誇った顔。

「言われなくても、相談はするさ」
「じゃあ今聞いてやるよ。あいつらの名前とクラス教えろ」

単刀直入すぎてときめきもなにもない。
こいつは幼馴染で“プロデュースしていた”アイドルだ。
期待してもないことだが、思わず呆れて笑ってしまうのだ。


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