化合物の誘惑

アツコ・カガリを目で追うようになったきっかけは、実のところよく覚えていない。
学園の問題児的存在で、彼女の武勇伝は入学式から早々に始まっている。
(というか、見てはいたけどアレがアツコだと知ったのは最近だ)
成績は良くも悪くもない、無遅刻無欠席で自他ともに認める"マジメだけどフツー"の私とは異なる立場の人間。
そういう意味では目に止まってはいたし、視界に入れば野次馬根性のような気分で眺めていた。

「アツコ、最近使えるようになってる?」
「なによ。またアツコの話?」

最初こそ同じように野次馬をしていた友人は今ではすっかり飽きてしまっていて、むしろ彼女の失敗に巻き込まれたくないと距離を取っている。
ああたしかにな、きっとこれが正常な判断なんだろうな、と思う。
私も、アツコが魔法薬の実験中に爆発を起こして、その際吸った煙で小一時間魚になった身だからこそ思うのだ。
ああなってまで目で追って、こんな感情を抱いてしまっている私の頭はどうかしている。

「魔法は使えても、あれじゃね」
「ここも落ちぶれてるわぁ」

アツコの悪口大会が始まってしまった矢先、先生が入ってくる。
内心、助かったと思いながら授業開始の号令に従う。
相手がアツコでなくとも悪口は嫌いなのだ。
ちらりと視線を彼女へ向けると、その隣にいたスーシィと目が合った。



「あんた、アッコのことよく見てるでしょ」
「カガリを? なんで?」
「それを知りたくて聞いてるのよ」

廊下でばったり、一人行動をしているスーシィと鉢合わせした。
アツコやロッテと三人で行動しているところしか見たことがなかったから、珍しいこともあるもんだ、と思った矢先の質問である。

「……スーシィはなんでそれを知りたいわけ?」
「好奇心よ。別に笑う気はないわ」

ザ・魔女という風貌をした怪しげな少女、それがスーシィだ。
中身も容姿に劣らず、むしろ中身に容姿が付いてきたような少女。
アッコが彼女の数多な実験のマウスにされているという噂は聞いたことがある。
が、そのマウスが全く以て健康体であるので、そんな噂にはムリがあるというのが私の持論だ。
(現実であってほしくないという希望的観測でもある)

スーシィとは以前から顔見知りだったが、どうしてか彼女自身はそれを隠したがっている素振りを取っていた。
特別な理由でもあるのかと疑問ではあるが、詮索しない方が吉だと思っている。

「特になにも。あんなだから、嫌でも目に入るだけ」
「ふうん、そうなの」
「そういうスーシィは? ハツカネズミかなにか?」

ポケットからまだ手の付けていないピルケースを取り出し、見せびらかしながら言う。
数日前、友人に寝不足を指摘され、直後に「私が作ったの」と持ってこられた錠剤が入っている。
当然、手をつけるはずもなく、すべて残ったままだ。

「アッコはぴんぴんしてたわよ」
「あれと一緒にしないで」

彼女には事故で魚にされたが、スーシィには"わざと"犬にさせられたことがある。
今回のように、ビタミン剤とかなんとか言われて飲まされた結果だ。
さすがに二度目、三度目となると私も学習するし、藁にもすがるほど困っているわけでもなかった。

「あっそ。なら返してちょうだい」
「言われなくとも」

ピルケースを乱雑に彼女に投げつければ、綺麗にそれを受け取るもんだから、少し腹が立つ。

「もしアッコとお友達になりたかったら、手伝ってあげてもいいわよ」

私のカワイイねずみちゃん、と猫なで声で告げ、去って行く。
その先にはロッテとアツコがいた。
一瞬、それにドキリとするが、たった今そこへやってきたようだった。
「なに話してたの?」「なんでもない」といつものような会話をしながら、ようやく姿を消す。


ふと、ポケットの中にいれていたラムネのケースを取り出す。
偶然、たまたま、実家からの仕送りの荷物に入っていたラムネと彼女の錠剤が、一見しただけでは区別の付かない形をしていたのだ。
(ラムネは私が幼いころから好んで食べていたものだから、一目でラムネは見分けが付く)

「ハツカネズミ、ねえ」

繁殖能力が高く、故に次世代への能力の遺伝だかなんだかが早いことから、実験でよく使われている白いネズミ。
あいにく、人間の胎児は半年以上、母胎の中にいなければ生きることができない。
いっそにネズミになる薬でも飲ませりゃいいのに。
ラムネの中に混ざった、一粒の錠剤を見ながらそう思った。


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