赤黒い錆
「てめえ、睡眠薬盛りやがったな!」
「盛ってませーん」
「嘘ついてんじゃねえ!」
「キャー、廉助けてー」
朝、学校に着くとグラウンドで野球部員とマネージャーによる漫才が繰り広げられていた。野球部ではこういう口論という名の漫才はよくある。“夫婦喧嘩”と揶揄されないのは、マネージャーの方が彼氏とバカップルだからというのがあるからだろう。
だから、私はマネージャーにとても感謝していた。
もしマネージャーの女が誰とも付き合っていなかったら、私はその関係に怒り狂って、私も今の関係も破滅していたかもしれないから。
それと同時に、もしマネージャーが今の彼氏と別れてしまったら、という恐怖に怯えていた。自分に自信がないわけじゃない、でも、隆也が自分だけを見てくれるという自信もなかった。
もしも――
私は、その“もしも”にずっと怯えていたのだ。
***
高校二年で、そのマネージャーと同じクラスになった。
憎たらしいほど性格美人で、八方美人だった。隙など一瞬も見せない、完璧なほど。ああ、この人は、こういう人なのだ。誰にでも良い顔を見せる、でも本当に良い顔は自分で選んだ人にしか見せない。周りも、それを自覚して。
誰にだって性格はある、それに損得のおまけが付いてくるだけ。ああ、今まで私は余計なコトで悩んでいたみたいだ。
けれどそんな希望も一瞬で崩れ去る。
その日のマネージャーは違った。いつも見惚れる笑顔を浮かべているその顔に涙を浮かべ、友達や男子に「どうしたの」「なんで泣いてるの」と。
「廉に、フラれちゃった―――」
レン、れん、三橋廉。バカップルと名を馳せた、この女の彼氏。
BRRR...
まるでタイミングを見計らったかのように、手に持っていたケータイがメールの伝達を報せた。ああ、嫌だ嫌だ嫌だ。まるで悪い報せが届いたみたいじゃないか。
ビクビクとしながらメールを開くと、隆也からだった。
差出人:隆也
件名 :No Title
内容 :ごめん、別れよう。
他に好きな奴が出来たんだ。
本当にごめん。
ああ、イヤイヤ。なんでこんなタイミングで送ってくるの。まるであの子を憎めと言わんばかりのこのタイミングに。
「名前、大丈夫?」ギチギチと不快音を鳴らすケータイをBGMに、ちょうど登校してきたクラスメイトに肩を叩かれる。
「うん、大丈夫」
「そう言うんなら良いけど……苗字は一体どうしたの? 人前であんな泣くなんて」
「フラれたんだって」
口の中に鉄の味が広がるのを感じながら、一言一言、絞り出すかのように紡ぐ。
鼻の奥が、ツンとした。
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これの別の話
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