帰ってくる人2

『久しぶりだな、クロスヘアーズ』

赤いフェラーリは、まるで自分を周りに見せびらかすように元の姿を現す。
相変わらずだな、と声をかけてやると、お前もな、と返される。

『聞いたぞ。おまえ、人間の雌に熱上げてるんだって?』
『上げてねえ』
『隠すなって、恥ずかしがることねえだろ』

肩を竦めながら小馬鹿にしてくるディーノに銃を突きつける。
"こんな状況"でなけりゃ、遭遇してすぐ撃ち合い、殴り合いになっていただろう。
人間たちもまさか喧嘩を始めるなんて思っていなかったらしい。
嬉しそうに顔を歪めたディーノはブレードを出して応戦の構えを取った。
ブレインの奥で破壊衝動がうずくが、理性がそれを抑え込む。
ただでさえ"こんな状況"だ。
ふと喚く声をイヤセンサが拾い、見下ろせばレノックスが怒りの表情でかけよってきていた。
たしかこの人間は、あのアイアンハイドとコンビを組んでいたと聞いたことを思い出す。
彼の最期は、特に残酷だったと聞いた。唯一、それを見ていたビーも語りたがらないほどに。

「おい! 二人ともやめろ!」
『うるせえ、俺はこいつといろいろと因縁が…』
『二度死にたいならその願望叶えてやるよ』

標準をディーノのブレインに定めれば、レノックスは余計に声を荒げる。
そこでようやくお互いに武器をしまった。
ちょっとした戯れだ。そう言い訳するようにディーノは肩を竦め、赤いフェラーリに変形し去っていった。

「もう二度とするな!」
『はいはい、しねえよ。アイツ以外とはな』


地球に降り立ってから、トランスフォーマーの数はめっきり減ったと聞く。
実際、プライムの伝達を聞いてここへ来たとき、その数はさらに減っていた。
特に耳を疑ったのは、あのアイアンハンドと、もう一人のプライムのそれだった。
次に疑ったのは、自分の目だ。いや、ブレインのほうだったかもしれない。
プライムが信じろと言った人間が、手のひらを反してきた。
ディセプティコンの残党を狩っていたはずの人間がオートボットにその牙を向けてきたのだ。
だから言っただろ、そうビーに告げれば、なにかの間違えだと。

そんな現状は、墓場の風とKSIの所業が世間に知れてから少し変わってはきているが。
いまだ反トランスフォーマーを掲げる者はいるが、そんな彼らを問題視し、口を出し始めた者が出てきている。


基地内を走っている途中、今はだれも使わない空の倉庫が目についた。
ちょうどいい、そう思って戸に手をかけてみればあっけなく開く。
中には廃棄予定のコンテナが積み上げられており、少々動きづらかった。
誰もいないな、そう思い、確認のためサーチを掛ける――
その前に、ちょうど目の前にあったコンテナとコンテナの間から、こちらを窺う一対の瞳を見た。

舌打ちをする。
もう先客がいたのか、と。
ここはサボリや逢引きの穴場だ。
誰がいたって不思議ではない。
が。

『そこで何してるんだ?』

還ってきた軍人たちの一人だろうか、そう思ったが、その目には警戒心が強くにじみ出ていた。

『取って食いやしねえよ、ほら』
「…………」

その瞳の持ち主はボソリと地を這うような声で何かを呟いたが、倉庫内の貨物を退かす音ですぐには拾い切れなかった。
ふと、その目にどこか既視感を覚える。
なんだろうか。
初対面の時のジョシュアの目にも似ているし、ハウンドの人間を苛むときの目にも似ている。
または、それとは別の誰か。

この、エイリアンが
アイセンサは、ようやく彼の言葉を拾う。
エイリアン、という単語はなんとか聞き取ったが、訛りが酷く、いつしかビーが言っていた"カタカナ英語"とかいうのによく似ていた。
ドリフトや日系人、名前が、彼ら独自の会話をしているときなんかよく聞くものだった。
貨物の間には、やはり日本人らしき男性がいた。

『見た感じお前もエイリアンだろうが』

英語が通じていない、男の表情を見て直感する。
使用言語を切り替えてそう返せば、ぎょっとした顔で後ずさった。
それに更なる既視感を覚える。
ぎょっとした顔――その顔つきが、どこかで見たことのある顔で。

「面白い事いってくれるな」
『へえ、いかにも外に出たことねえって面してるくせに"外国人<エイリアン>"が通じるのか』

男はそれには返さず、さらに顔をしかめた。

『それより、どこに用があって来たんだ? 部隊は――』
「部隊?」

なんの話だと眉を顰めるのに、一人の人間が浮かぶ。
いいやそんなはずは、そう否定する自分と、信じざるを得ない"この状況"にエラーに似たものが生じ始める。

「そうか、ここは軍か。道理であんたらがいるわけだ」
『お前、死んだ人間か』
「死んだ? …ああ、あの時、お前らのせいでな」
『身内は』
「まだ日本に帰ってなければ娘がこっちにいるはずだ」
『…どういう仕事をしてる?』
「あんたらの研究だよ」

嫌な予感を感じながらも、クロスヘアーズは『娘の名前は』と男に尋ねた。


「ケンジ・苗字、名前の父親だ」

道理で、とクロスヘアーズは思った。
目つきに、顔つきに、あの反応。
それが親子による類似であるなら、あの既視感のすべてに納得がいく。

「ただ、日本の反トランスフォーマー団体と交流があったみたいだな…」
『そういやあいつも言ってたな。こっちに来るんで、親と喧嘩になったとかなんとか』

ディランの元でもKSIでも、最後のふるいでそれがひっかかったらしい。
それにも関わらず潜り込めているということは、少なくとも二つの会社は父親の存在をデメリットとは見なかったということだろう。
名前にとっては、残酷な現実だっただろうが。

「名前にはどう伝えた?」

ふと、レノックスは書類に落としていた視線を上空にあるクロスヘアーズに向ける。
人間との交流に慣れているオプティマスやビーとは違い、特にこのトランスフォーマーはそれに合わせようということはない。
また慢性的な首の痛みに悩まされるかもしれないとふと懐かしい気分に襲われる。まるで遠い過去のようだ。

クロスヘアーズは、短く、『ケガ人が出た』と答える。
レノックスは書類に視線を戻し、深く溜息を吐く。
嘘は、吐いていない。
まだ彼らと交流の浅い者たちが取り乱して発砲したのだ。
当然、トランスフォーマーたちの反撃に遭って、現在彼らは医務室のベッドである。
が。
そんな彼らは名前にとっての怪我人ではないわけで。

『親子喧嘩始めたら頼むぜ。俺にゃムリ』
「俺だってムリだ」

子どもは親に反抗するもので、親子の対立なぞ子が成人してもなお聞く話である。
愛娘の反抗期が脳裏をかすめ、レノックスは泣きそうになった。


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