帰ってくる人

!擬人化


「忙しそうなところすまないが、コーヒーをもらえるかね?」

液晶画面と何時間にらみあっていたか分からない。
ただエラーでまみれていたプログラムに一段落付き、振り向けば金髪の男がいた。
ベッドに腰掛けて、メガネ越しに青い瞳を向けている。
男はにっこりと笑みを浮かべて「コーヒーが飲みたいんだ」と言った。

「ええっと、たぶんないです」
「それは残念だ」

頭が追い付かず、ついごめんなさいと答えると、男は一瞬ポカンとしたあとカラカラと笑い出した。
目の前の不法侵入者に、不思議と危機感は抱かなかった。
それに、なんとなく、どうもこの男には違和感を覚えるのだ。

「さっき冷蔵庫を見たんだがね、きみ、ちゃんと食事は取ってるかい?」
「あー…、こう仕事に集中すると、どうしても」
「なら外食に行こう。きみと少し話がしたいんだ」
「えっ、でも」
「彼氏君なら今日は来ないよ」

彼も暴れん坊だからね、と苦笑いをする男に、どうしても困惑する。
"私の彼氏"を知っているとしたら、NESTかKSIの人間だろう。
自宅を知っているのも頷ける。
だが――それだけではない、違和感を覚えさせるなにかがこの男にある。

言われるがままについていけば、数年前にオープンしたというこじゃれたレストランだった。
一度は入ってみたいと思っていたが、時間がないのと、あっても何かと理由をつけて面倒草がり、その敷居を跨いだことはなかった。
男は慣れた様子でウエイトレスに誘導され、食事もあっという間に決めてしまう。
目を白黒させている私の分も、「今のきみにはこれがおすすめだ」と勝手に注文してしまった。

「えーっと……」
「…日本人が会話嫌いだというのは本当らしいな」

アメリカで、耳にタコができるほど聞いたセリフだった。
おまえ、会話苦手すぎ。クロスヘアーズに何度も言われた言葉。
頑固な祖母の隔世遺伝と、寡黙な父のそばで育った私には少々厳しい評価である。

「軍医としても仕事はどうだい?」
「どうもこうも、彼ら喧嘩っ早すぎて…」
「私も彼らには苦労させられたよ」
「いままで生き抜いてきた証拠なんでしょうけど、人間じゃあとても抑えきれない」

かの軍医は本当にすばらしい人でしたよ。
やっぱり、トランスフォーマーの軍医はいります。
運ばれてきた紅茶に目を落としながら、そう言った。
彼らの喧嘩は、当人同士だけの問題で済んだことがない。
大概どこかが壊れて、レノックス大佐が始末書を書く破目になり、私たち軍医チームが彼らのリペアをする。
最近ではそういう暴力行為は抑えてくれているけれど、やはり人間にはデカすぎる。

「きみ、KSIの前はどこに?」
「えーっと…」

空のコップを置き、男をちらりと見やった。
日光に当たると、金髪だったと思っていた髪は緑寄りの黄色に見えた。
赤みのある髪も何房かあって、もしもっと緑に近い色であったらよりタマムシの印象が強かっただろう。
顔つきはいくらか年齢を重ねているように見えた。
彼の容姿は際立っているはずなのに、周りはまるでごく当たり前のように彼の存在を無視している。
なにがそうさせているのかは分からない。

「ディランの下にいました。"彼ら"の存在は伏せられていましたけど」
「きみは、それに勘付いてた?」
「考えれば気付ける程度には」
「KSIでは?」

ウエイターがフルコースの前菜を運んでくる。
渡米してから、こうして仕事のあとにきちんとした食事を取った事がない。
仕事か堕落かの二択しかないこの生活を知る人物には「早死にするぞ」となんども警告された。
しかし、それならそれでいいかな、と思ってしまっている自分もいる。
私はいまやるべきことをすればいいのだ。
そうなればいつかは、アメリカ人の言う「神」が判断を下す時がやってくる。
私は静かに、その時を待っていればいい。

「常識的に考えれば、すぐに気付くレベルでした」

男は何も答えなかった。
私は、それでも続けた。

「シカゴで父が死んで、冷静になれてなかったんです。KSIの研究員たちのほとんどは、亡骸だけではオートボットとディセップの区別ができていませんでした。でも私には区別できました。なぜかは分かりませんけど。入社してすぐ、私はオートボットの亡骸の担当を任されたんです。主任に彼はどうしたのか尋ねれば、彼はディセプティコンで、先日狩られたのだと教えられました。彼のデータを見れば、人間で言う個人情報のほとんどが改ざんされてました。オートボットのはずの彼はディセプティコンであり、名前も性格も経歴も、彼とは違う情報が掲載されていました。きっと彼はディセプティコンに寝返ったのだと思いました。もしくは私の単なる記憶違いで、彼はもともとディセプティコンで、たまたま似ているボディのオートボットがいた。そう自分を思い込ませてたんです」

「内心ザマーミロと思いました。ディランの元で働いていた私が害を被るならまだしも、彼らとは無関係だった父が、シカゴで彼らの戦いに巻き込まれて死んだんです。どんなふうに死んだかは分かりません。本当に死んだかも分かりません。けれど、母に言われたんです。私が素直に日本へ帰っていれば、父は死ななくて済んだって。こんなことにはならなかった。私もそう思います。でも、そう思いたくなかった。誰かのせいにしたかった」

父の葬儀は身内だけで行ったと母から留守電に入っていた。
告別式もすでに済ましたらしかった。
葬儀は、弔う人物の死を受け入れさせる効果があると聞いたことがある。
葬儀を終えた母の声は、幾分か落ち着いているように聞こえた。
少なくとも、父の消息が絶った直後の焦燥感は感じられなかった。
父は死んだのだ。
オートボットの亡骸を前にして、私は改めてそれを再認識した。


「最後に君がみたオートボットは?」

男は、ようやくそう尋ねてきた。

「ラチェット軍医です」

その直後に、オプティマスプライム率いるオートボット5人集がKSIを襲撃してきた。
トランスフォーマーはテクロノジーなどではない
そう激怒するオプティマスに、思わず身をすぼめた。
分かっている。
私たちの所業は、悪魔と罵られても致し方ないものだったのだから。

「溶かされていく軍医を見て、どう思った?」
「彼らの時代は終わる」

キューブが破壊され、トランスフォーマーたちは種族存続のための力を失った。
彼らに残されているのは絶滅だ。
そんな彼らの医者がいなくなれば、そのスピードは急速に早まる。
やってしまった。
私はどうしようもないことをしてしまった。
そう思った。

「話してくれてありがとう」

男は、微笑みながらそう言った。
なぜ笑う。なぜ感謝なんかする。
そう尋ねると、男は応えた。

「きみのことが知りたかった」
「私をどこで知ったんですか」
「KSIできみを見た」
「どこで」
「トランスフォーミウム、だったかな? その担当部署でだ」

私はそこで彼を見た記憶がなかった。
ここまで印象的な風貌をした人間なら、少しぐらい覚えているはずなのに。

「さて、そろそろ戻るかな」
「まだデザートが」
「きみに譲る。代金は私が払っておこう」

彼は機敏に席を立つと、すぐに消えて行ってしまった。
相次いでウェイトレスがやってきて、私しかいない二人掛けのテーブルに、二つのアイスが置かれた。
それを平らげて、しばらく呆然としていた。
ようやく腰を上げようと思い立ったとき、初めて自分が泣いていることに気が付いた。


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