Cheer up.

街中がクリスマスを終えて、正月ソングが流れ始めた。
そういえばまともに大掃除をしたのはいつだっけ、と、自分の汚部屋を見ながら思った。
洗濯物や水回りはとりあえず毎日もしくは毎週していたが、それ以外は見るに堪えない状況になっている。
部屋の四つ角は家具で塞がれていて、唯一空いている一か所は自分でもよく分からないプリントやタオルやなんやらで埋っている。
ベッドも特に整えたりはしないし、カーテンは嗅がなくたってカビ臭いに決まっている。
そういえばこの箱は何だろう、と棚の上に放置されている埃まみれの箱を開けてみれば、なぜか緑色に変色した黒糖饅頭が鎮座していた。
(そうだ、たしか好物は黒糖饅頭と教えた友人にどこかのお土産でもらって、一時的に置いておくつもりが…)

さすがにこれは、自分の女子力がやばい。
というか、すでに息絶えているのではあるまいか。
その残骸はきっとあの山の中だ、どういう思考回路でそう至ったのか、自分でも問いただしたい。
カーテンとベッドシーツを洗濯機に突っ込んだあと、山の撤去にとりかかる。
探していたプリント、友達に借りたタオル、先輩にもらった過去問、高校時代のクラスTシャツ。
どうしてここを探さなかったんだ、というぐらいに、昔躍起になって探していたものばかりだった。

悔し泣きをしながら、着々と汚部屋がキレイになっていく。
そんな中、ふと床に突いた手になにやら異物があることに気が付いた。
こんな小物まで紛れ込んでいたのか、と手を退かせば、そこにはシルバーのリングが転がっている。
なんだこれ、手に取ってよーく見てみれば、じぶんのモノではないイニシャルが入っている。
ドコカで見たような。

「あっ」

そのイニシャルの人物を思い出して、まぬけな声がでた。
そして、そういえばこれがきっかけだったな、と憂鬱になる。
どうして今頃でてくるのよ、と呟いた。


 * * *


新年もあけ、さびしげな商店街を歩く。
もう少し歩けばまた騒がしい街にでる。
最近、その街に新しく巨大なショッピングモールができるという噂を聞いた。
いまどきのショッピングモールは野菜も肉も魚もなんでも手に入るし、しかも何かしらの特典がついてくる。
私たち消費者には便利だし嬉しいけれど、昔ながらの商店街にとっては大敵だ。

そんな商店街を通り抜け、電車にのる。
しろくまカフェまで新年の挨拶をしにいくためだ。
去年はいろいろお世話になったし、これからも一緒にいたいから。
親しき仲にも礼儀あり、ずっと胸に刺さっていた言葉だった。


「あけましておめでとうございます、名前さん」
「あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「こちらこそ、今年もしろくまカフェをよろしくお願いします」

いちおう年始だし、元旦は避けて訪れたつもりだったけれど、やっぱりここはここだったみたいだ。
元旦早々、パンダくんやペンギンさん、ラマさんたちが訪れていて、騒がしい日だったと笹子さんは語った。

「なんだ、ペンギンさんの甥っ子たちも来てたんだったら、来れば良かった」
「大晦日は来れないって言ってましたから、元旦も忙しいと思って声をかけなかったんですけど…」
「だからボク言ったんだよ、そんなおかまいなしに電話しちゃえって」
「ペンギンさん、ちょっと失望したよ」
「なんで?!」

ひとつは強行してくれればよかったのにと、もうひとつはブーメランとして。
いつのまにか隣のカウンター席に座っていたペンギンさんに、まったく失礼な人、とブーイングをする。
じゃあ元旦は忙しかったの? と聞かれて、暇でしたよ、と答える。
ペンギンさんにブーイングを返されて、しろくまさんにカフェモカを注文した。


「昨日はどこに行ってたの?」
「いや、さっき言ったじゃないですか。暇でしたよ」
「でもすっきりした顔してる」

カフェモカを出されたとき、しろくまさんにそう尋ねられた。
ちょっと意表を突かれて、思わず顔をしかめる。
たしかに、昨日はすこし遠出をした。
といっても日帰りで帰って来れる距離だったし、体力には自信があったから。
嘘をついたつもりが、しろくまさんには見抜かれていたみたいだった。

「去年はすごい顔してたじゃない」
「去年、ですか」
「うん。カフェの隅の席で、ずっと項垂れてた」
「見られてたんだ…」

それにちょっと眉間のしわを抑えた。
昨年の年始(正確には一昨年の年末から)、親戚とイザコザがあった。
私より年上で、美人で、男の人にはかなりモテる。
歳が近いせいか仲も良好だったが、そんな彼女に婚約者ができてから少し変わった。
ちょっと距離ができたというか、メールや電話の回数が減った。
その彼氏だって人の良い、気の利く人だったから、DVの可能性はないだろうし。
まあ、結婚を約束した彼氏ができたのだから、当たり前か。
そう言い聞かせていたが、どこか寂しさを感じていた。

事件のきっかけは一昨年の盆で、彼女は彼に買ってもらったという婚約指輪を付けてきた。
シルバーに小さな宝石がはめ込まれた指輪で、正直なんでこんなものが給料云ヶ月分と高値なのかが信じられなかった。
(ダイヤモンドだって、1カラット以下は鉱物学的に石ころ同然という噂だ)
その指輪を、洗い物をするのにローチェストに置いて行った。
彼女が帰ってもその指輪は置きっぱなしで、取りに帰ってくる様子もない。
忘れていったことに気付いていないのかな、と思って、帰るときに寄っていこうとポケットに突っこんで。
次に彼女から届いたのは、婚約者と破局したという報せだった。
どうして破局したんだ? 親戚中がそう騒ぐ中、ふと指輪のことが脳裏をよぎった。
慌ててその日着ていたジャケットのポケットを探ったが、すでに指輪は行方知れずになっていた。
だが彼女が理由を語らないことには、指輪のことも言い出せず。
彼女も、私がやけに静かで理由を問い詰めてこなかったことに勘付いていたのだろう。
その年末、ようやく切り出した私に「そう」と言うだけで、それ以上はなにも言ってこなかった。
電話やメールもめっきりなくなってしまったから、言われることもなかった。


「あまりにひどい顔してたから、どうしちゃったんだと思ったんだよ」

あとは時間が解決してくれると信じた。
だが開き直るには早すぎたし、許す側ではないゆえに開き直ることすらできなかった。

「ええ、しろくまさんがいなかったら、どうにかなってたと思います」

家にいても、汚い部屋で自己嫌悪に陥るだけだ。
なんとかカフェまで逃げて来ては現実逃避を繰り返していた。
しろくまさんは、そんな私になにも聞かずただただ隣にいてくれた。
純粋にそれを尋ねてくるペンギンさんも、訪れるたびに小さな気遣いをしてくれる笹子さんも。
三者三様に心配をしてくれた。

「ねえ、名前ちゃん」
「なんですか?」
「いつでも来ていいからね」
「……、はい!」

しろくまさんの作ってくれたカフェモカを見下ろすと、そこには英文が書かれていた。
Cheer up! ―元気出して

「そういえば、カフェアートって英語が多いですよね」
「うん。一本書きができるからね」
「ああ、なるほど」

しばらくカフェモカを眺めてから、一口飲んだ。
温かくて、甘い。
それにちょっと涙が出そうになったけれど、なんとか堪えて「ありがとうございます」と言った。

年末、久しぶりに実家に帰って「あんたによ」と渡された元婚約者からの寒中見舞い。
『彼女から指輪のことは聞きました。別れた理由はそれではないから、どうか気を病まないで』
それと一緒に、彼女と元婚約者はよりを戻したという旨がかかれていた。
あの指輪は、まだ私の卓上に置いてあるはずだ。
ちゃんと謝りに行こう、白状をするためではなく。

「しろくまさん、私北極に行ってみたいです」
「いきなりだね」
「ええ、そういう旅行の方が好きなんです」


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