エルザ | ナノ


▼ 55

優勝はヒューハドソン校。そう。ジョジョとディオの通う大学だ。そして、原作ではこれを期に、空白の7年が明け、物語が進み始める。進み……始めてしまう。
素直に喜べない微妙な気持ちだが、私はディオに誘われこの試合を観戦しに来ていた。日傘をさして作った影の中にいるものの、中々に暑い。試合日和の良いお天気なのは良いが……ほんと、あっつい。最後の試合だし、絶対に優勝するから来てくれと言われて来たけど、もう勝ったとこは見たし、帰って良いかな。黙って帰ったら後で怒られるかな。そんなことを考えながら、他の生徒に囲まれて、表面上の笑顔とジョジョとの友情ごっこを繰り広げているディオを眺める。
すると、ディオと目が合い、大きく手を振られたので、微笑んで小さく手を振り返す。やめろバカ周りの視線が痛いだろうが、と叫びたいのを上手に飲み込んだ私は立派な淑女だ。

「エルザ!君にこの勝利を捧げるよ!」

うっわぁ。鳥肌立った。優勝してテンションが上がっているのか演技なのか何なのか。周りの野郎共はヒューヒュー言っているし女の子達からの視線は何だか嫉妬が増し増しな気がするし。あー。マジに帰りたい。何と返すのが模範解答なのか分からずとりあえず手だけもう一度振っておくことにした。その後ジョジョと二人で学校の新聞部的な連中からのインタビューに答え終えたところまで見守って、さ、帰ろーっと席を立ち馬車に乗り込もうとしたところで慌てた様子のディオに腕を捕まれた。

「痛い痛い。何?」
「何一人で帰ろうとしているんだ」
「いやー。先にジョースター卿に勝利を伝えてやろうかと思って」
「……着替えてくるから少し待っていろ」
「なんでわざわざ筋肉ダルマ二人と馬車に乗らなきゃいけないんだよ」
「いいから待っていろ。ジョジョと二人で最初に優勝を伝えると約束しているんだ。お前が先に告げたと知ったら拗ねるぞ」

ディオの言葉に目を丸くする。あれ?仲良しじゃない?これも演技か?おやおやー?と弄ろうとした私の考えを読んだように呆れたように頭をはたかれる。

「まだ何も言ってない……」
「何年側にいると思っている。演技しているとき以外は分かりやすいぞ」
「ふーん。演技してるときは分からないわけか……」
「本気で隠そうとされれば分からないだろうな。まあそんなことは今は良い。すぐに着替えてくるから取り敢えず待っていろ」
「……はーい」

これ以上文句を言っても仕方ないだろう。大人しく従ってやることにしよう。御者に声を掛け、二人も一緒に乗ってジョースター邸に向かうことを伝えてから乗り込んで待つ。10分程すると、二人が息を切らせて走ってきた。

「遅い」
「待たせてゴメン」
「早い方だろうが」
「ディオは一回ジョジョの素直さを見習え」
「素直なつもりなんだがな」
「おんやー?どうやら素直という言葉の認識に齟齬があるようですねー?」
「あはは、まあまあ二人とも」

チクチクと言い合いながらさっさと乗り込むディオに苦笑しながらも慣れたようにいなしてジョナサンも馬車に乗り込んだ。
筋肉の塊二つが乗り込んできたせいでゆったり寛げていたハズの車内は息が詰まるほどの狭さへと早変わりする。しかも臭い。着替えたとしてもあれだけ激しいスポーツをした後だから仕方がないだろう。だから優しいエルザちゃんは指摘しない。でも残念ながら顔には出てしまっていたのかジョナサンが小さくゴメンね、と溢した。

「別にいーよ。それより、お前めちゃくちゃ他の選手引き摺りまわしてたな。あの子達大丈夫なの?」
「え、うん。擦り傷くらいはもしかしたらあるかもしれないけど、でもそらくらいは日常茶飯事だし」
「へー。そこまでしてやりたいもんか」
「うん。楽しいよ。エルザだって虫を捕まえるためなら危ないこともするだろう?」
「するわ」
「そういうことだよ」

ほへー。と割とどうでも良い雑談をジョジョとして、ディオもそれに混じり始めて少ししてやっとジョースター邸に着いた。先に降りたディオの手を取り馬車を降りる。早くジョースター卿に勝利を伝えたいのか小走りで玄関から卿の自室へと直行するジョジョに遅れないようにディオと二人で後を追った。微笑ましそうに見守る使用人達の視線が生暖かい。部屋に入ったのは皆同着だ。ゴホゴホと時折咳をするジョースター卿と二人が繰り広げる茶番を鼻で笑ってしまいそうで必死に、自分は今ただのモブ。背景に溶け込むのよ。と言い聞かせ耐えていた。話が終われば軽く挨拶をしてしれっと帰れば良い。そう思いながら微笑んでいるとジョースター卿に手招きされる。二人への話は一段落したらしい。

「すまないね、エルザ。客人をほったらかして息子達にばかり構ってしまって」
「ふふ。どうかお気になさらないで下さいジョースター卿。今日は二人にとって特別な日なのですから当然です」
「そうか。いや、そう言ってくれて安心したよ」
「ええ、どうぞ安心して下さい。体調を崩されているというのにお心まで煩わせるわけにはいきませんから」

ゴホゴホと咳をするジョースター卿の背を擦りながら二三言葉を交わし、無事ノルマ達成!だと思っていたのだが、もう一つ越えなければならない波がやってきた。
ジョジョとディオ、そして周りに控えていた使用人達も全て下がらせて、どうやら二人で話したいことがあるらしい。

「さて、エルザ。緊張しなくて構わないよ。そこに掛けて欲しい。君と少し話しがしたかっただけなんだ」
「は、はい。では失礼して」

お言葉に甘えてベッドサイドに置かれた一人掛けのふっかふかのソファにお尻を沈める。一応もたれずに足は揃えて手はお膝だ。何の話だろう。まあ、私もジョースター卿に聞きたいことがあったから都合が良いんだけど。

「それで、お話とは?」
「ああ。君との婚約を決めてからディオはとても柔らかくなった」
「……はあ」
「君に向ける視線や表情、言葉その全てに愛を感じられる」

ほんとでござるかぁ?とポロっと溢しそうなくらいに突っ込みたかったが意地で飲み込み、顔にも一瞬しか出さなかった。だって何だか遺言を伝えるみたいなトーンで話してるんだもん。邪魔しちゃあ悪いよね。取り敢えず黙っておこう。

「私は彼がこの家の息子になってからジョジョと変わらないように接してきたつもりだ。だがどうしてもディオ自身はそう捉えることはできないこともあっただろう。ジョジョとディオの間に少し溝があったことも分かっている。それは今も変わらないが、エルザ、君がいる時には本当に楽しそうにしているんだ」
「……」
「これからもディオを支えてあげてほしい。君がいればディオ一人では歩めない道も歩めるかもしれない。彼の味方でいてあげてほしいんだ」
「……はい。勿論です」

神妙な面持ちで頷いて見せた私に卿は嬉しそうに満足げに頷いた。だがしかし私の内心では首が一回転しそうな程に傾げられている。何で今?体調崩してナイーブになっちゃった?言いたいこと言い残しとこうって?あ、ディオが卒業して働き始めるから?いかんせん私とは掛け離れた性格すぎて思考回路が読めない。

「良かった。最初は、事情があったにせよ親同士が先に決めた婚約だったからね、二人が合わないようならいつでも当人達の結論を受け入れようと話していたんだ」
「そう、だったんですね」

それをもっと早くから言っておいてくれたら私は……いや、まあ別にディオに、その、惚れてしまったことに関しては別に後悔なんかはないけど。

『ほんとほんと。外堀埋まってなかったらエルザちゃんは絶対今頃幸せーとか思わないまま生きてたぜ』

いきなり入ってきた禊さんに思わずビクッと身を震わせてしまったせいでジョースター卿に心配されたが適当にごまかす。

《びっくりさせないで下さいよ禊さん。何か久しぶりな気がしますね》
『昨日も楽しくおしゃべりしたじゃない。全く薄情な後輩だなー。まったくもうだよまったくもう』
《それ何か違う作品》
『まあまあ、さ、僕を気にせず聞いたげなよ、何かまた君が嫌がりそうな良いこと風なこと言ってくれてるぜ』
「ああ、だがそれは杞憂だった。二人ともお互いにしか見せない顔があるようだし、とてもリラックスできているようだ。二人の間に素晴らしい愛が生まれ、育まれていることを私は何より嬉しく思う」
「……そんなにジョースター卿が私達のことに心を砕いていて下さっただなんて存じ上げませんでした。ありがとうございます。本当に卿はお優しいですね」
「そんなことはないさ。息子とその妻になる女性。言ってしまえば娘を想うのは親として当然のことだ」

禊さんのせいであんまり話し聞いてなくて適当に返したけど会話は成立したらしい。良かった。でも、へー。娘……ねえ。

「……でも、よろしいのですか?その優しさがジョジョにとっての敵を作ることになるかもしれませんよ?」

ワントーン低い声でそう言えば、ジョースター卿は少しだけ瞠目した後に寂しげに目を細めた。

「そうだね……仮にそうなってしまったとしても、私は私としての愛情を注ぐだけだよ」
「そうですか。ところで、ジョースター卿一つ聞いてみたいことがあったのですが……よろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
「もしものお話ですが、卿は生き延びる道と死を受け入れる道があればどちらを選びますか?」

低くしたトーンを再びあげて、わざと朝食はパンかご飯どちらにしますか?と言うような気軽な風に聞いてみると、想定もしていなかった質問に卿は不思議そうに首を傾げつつ、さらりと答えた。

「それは、勿論生きる道を選ぶよ」
「やはりそうですよね。では、もしその生き延びた先が多くの悲しみで満ちているとしたら?死を受け入れた場合に、これ以上ない理想の死を迎えることができるとしたら?」

両方の人差し指を立て、それぞれの道を示す。すると卿は目を閉じてしばし考え始めた。それでも、彼が答えを出すのは早かった。ほんの十数秒ほどだったろう。

「生きるとも。例え悲しみがあるとしても、生きていれば希望はある。生きてさえいれば、悲しみも乗り越えていつか笑える日がくるさ。そういうものを乗り越えて前へ進むことができるのが人間の誇るべきことだと私は思っているよ」
「……そう、ですか」
「ああ。どうだろう。私の答えは満足してもらえたかな?」
「ええ、とても。では、私はそろそろ失礼します。御体をお大事に」
「ああ、エルザも気を付けて」

座り心地の良いソファにさよならして、部屋を出る。聞きたいことだけ聞いてさっさと退室するのは無礼だっただろうか?まあそんなことを気にする人じゃあないのは分かっているけど。お人好しお人好しだと思っていたけど、ここまで来ると気味が悪いを通り越して尊敬に値する。生きることをそれほど望むなら、それに敬意を表して頑張って生かしてしんぜよう。タイミングは分かっているし……できるよね?

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