[遠くて近いかも知れない未来の話](8937)





「結婚、について真田君はどのように考えられますか?」
至って真剣な面持ちの柳生から発せられた一言に、危うく真田はテニスの話を始めるのだと勘違いするところだった。
結婚かと何も考えずに復唱した時に気付き、事なきを得たが、あまりにも突拍子もないその発言に真田の眉間の皺が深まる。
「…何だいきなり。」
「いや、ふと気になったものですから。」
昨日テレビで見たのですがとの前置きから柳生は訥々と語り出す。

結婚することで課せられる義務は名字を同じにすることと、同居し協力し合いながら生活すること、貞操を守ること、生活を行うために必要な費用をお互いに負担することだそうです。
しかしながら結婚をするにあたり必要となるのは、一緒に生活を、人生を共にしたいという意思。
果たしてその共に生きていきたいという意思を、わざわざ結婚という形式的な義務で縛る必要があるものでしょうか。
少なくとも私は貴方の傍らに寄り添う者として、結婚というある意味での契約を行うことは私の意思にそぐわないものではないかと考えております。

「…だから何が言いたい。」
「私はそう考えたという話ですので、真田君はどのように考えられておりますのか尋ねているのです。」
「何故俺に聞く。後何故お前は俺と」
結婚するつもりなんだと言いかけ、先程までの柳生の話が巻き戻される。
結婚がしたい訳では無く、『生活を共にしたい』。ならばここで使うべき言葉は結婚でない。
とすると、と真田は脳内で違和感の無い言葉を探す。
「…ずっと一緒に居るつもりなんだ。」
「ずっと一緒に居られるかどうかは分かりませんが、貴方の傍に居たいと思う限り私は貴方と共に」
「気の長い話だな。」
鉛筆を指で挟んだまま頬杖を突き、真田の視線は柳生から手元のテキストに戻る。書かれている数式は夏前に学んだ公式で解けそうなものだった。
「お前は俺を好きだと言った。」
「はい。」
「俺はまだお前を好きだと思っていない。」
「はい。」
「さっきお前は『互いに“共に生きたい”という意思』が結婚の根底であるが、結婚という形式はその意思を尊重するにあたりそぐわないものではないかと考えていると言った。」
「えぇ。」
「……俺がいつお前を好きになるという保証がある?」
それまで動いていた柳生の手が止まり、顔が上がる。
いつものことながら表情が窺えないが、あまり変化をしていないのは付き合いの短い真田でも分かった。
しばらく見つめあった後、先に柳生が視線を逸らす。そして呟くような声色で、真田に答えを返した。

「私は、貴方が好きですよ。」
例え貴方が好きにならなくとも。一言付け足し、柳生は再びシャープペンシルをテキストの上に滑らせる。
回答というには些か求めていた方向性とは違う言葉が返ってきたものの、それも柳生の性質なのだと真田の頭は慣れた思考で処理する。
結婚、という言葉を思い浮かべ、目の前の男を見て、ふっと真田は笑う。そして『気の長い話だ』ともう一度だけ繰り返し、頭に浮かんだ数式をテキストに描いた。

「俺がお前を好きになったら、共に生活してやろう。」

本当ですかと柳生は真田と見るが、真田は何も口にしなかった。
若気の至り、かもしれない。だがこの約束を交わすことについて、不思議と気分が良いのは何故なのだろう。
そう考えながら真田は左手で机を2度叩き、それから別の方程式を解答欄に書き込んでいった。



[Fin.]


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