「幸村、この部分にサインを貰えるか。」
「あぁ…うん、間違いは無いみたいだね。」
3年A組の教室。昼休みとあって他のレギュラーがのんべんだらりと過ごしている中、男子テニス部の部長と副部長である幸村と真田は書類作業を黙々と進めていた。
書類に何か書いては相手に渡し、何か確認しては相手に尋ねる。よく飽きないなぁと一種感心しながら、切原は暇そうに2人を見つめる。正確に言えば、幸村だけがその瞳に映っていたが。
「すまん、幸村これは」
「今度の遠征の移動費申請だろう? それは蓮二の資料が要る。」
「あぁこれか、分かった。」
またも始まる沈黙。切原が振り切るように背伸びをするものの、部長と副部長は見向きもしない。少しだけ切原の機嫌が悪くなるものの、やはり2人は気付かない。
「当意即妙、といった様子でしょうか。」
「うぉっ。」
幸村に声を掛けようとした瞬間、逆に切原へ声が掛けられる。振り返ればそこには、先程図書室に用があると言って出ていった柳生が立っていた。切原の驚いた声に幸村と真田も気付き、いつも通りの微笑みと無表情を向ける。
「おかえり柳生、用は済んだの?」
「はい。今日は本を返しに行くだけでしたので。」
「柳生。済まなかったな、俺の分も任せてしまって。」
「いえ、今日は幸村君が来られる日ですし、構いませんよ。」
穏やかな会話。この3人の普段であれば何の変哲もない光景だが、切原には引っ掛かる部分があった。
柳生が真田の隣の席を借りて座ったことを確認してから、切原は幸村に近付こうと椅子を寄せた。がごっという音に、幸村は微笑みの相手を隣の恋人に変えた。
「幸村部長幸村部長。」
「何だい赤也。」
「真田副部長と柳生先輩って付き合ってるんですよね。」
真田の手が止まる。肩越しに伝わる怒りに切原が気付くと、柳生が苦笑いをしているのが聞こえた。幸村はにこにことしたまま表情を変えない。
「そうだね。真田は気にしなくて良いから続けて良いよ。」
「……幸村、」
「まぁまぁ真田君。」
真田を諌める柳生の声色に今更後悔しつつも、切原は気になって仕方がないので質問を続ける。
「でも幸村部長と真田副部長は仲が良いんすよね?」
「まぁ単なる幼馴染みだよ。俺は赤也の方が」
「でも幸村部長と真田副部長って確か校区が違うんですよね?」
「だから何だ。」
「えぇっとだから何で幸村部長と真田副部長は幼馴染みなんですか?」
切原のいまいち的を得ていない問いながら、天性の洞察力で理解した幸村は先んじて答える。頭をよぎる思い出は所々薄れているが、今でもはっきり覚えていることがいくつかある。
まぁ話してもいいかなと考えつつ、幸村は書いた書類を真田に手渡した。

「俺と真田はね、テニススクールで出会ったんだよ。」



海の見えるテニスコート。小さい頃体が弱くて人見知りだった俺は、親に連れられてそこのテニススクールに入った。
初めはあんまり乗り気ではなかったんだけど、時間と共に色が変わる綺麗な海が隣にあるのが魅力的でね、いつの間にかよく行くようになったんだ。
それが大体小学校に入る前ぐらいだったかな。でも、周りは小学校中学年とかが多くて、俺はいつも練習で置いてけぼりなことが多かったんだ。走る時は周回遅れだったし、アップの素振りしてたら他の人は早く終わってて先に練習してたりね。体力的には仕方のないことだと思うけど。
それに俺さっき人見知りだったって言ったろ。向こうから話しかけてくれても上手く返せなかったりしてね、知り合いが全く出来なかったんだよね。だからずっと一人で練習してる感じだったよ。
でもテニスを辞めようとは思わなかったなぁ。俺の家その時妹が生まれたばっかりでさ、色々忙しかったんだよね。でも、両親の内どっちかがスクールまで送り迎えしてくれたから、その時間は俺の為の時間だったからっていうのもあったかな。
後やっぱり海が綺麗だったから。夕方になると、太陽が空から降りてきて、海が全部オレンジ色に染まるんだ。それから段々、紫色になって紺色になって、最後には深い夜の色と白い波が海に漂うんだ。それが見たいばかりに日が暮れるまでよく練習してたなぁ。

あぁ話が逸れてしまったね。真田と出会った時の話だったね。
俺と真田が出会ったのは、そのテニススクールだったんだよ。確か、小学校1・2年の時だったかな。
その頃には俺よく練習してたせいか同学年よりも強くてさ、入った頃に比べたら人見知りも大分治ったんだけど、やっぱりスクールに知り合いが出来なくてね。あの日も一人で壁打ちしてたんだ。
そしたらね、誰かが扉開けっ放しにしてるのに気付かなかったから、打ち損ねたボールが車道の方に出ちゃったんだ。しかもそれ俺が親から買って貰ったボールだから無くしたくなくてね、取りに行ったんだ。
だったらたまたま真田と出くわしたんだよねぇ。袴姿で竹刀袋肩に乗せて歩いてるもんだから、俺一瞬タイムスリップしたかと思ったよ。
で、真田の足元にボールが転がってったから取ってくれって言ってね。なのにさ、真田ってばボール拾って俺の顔見るなり固まってさ。

「もしかして、一目惚れしたんすか副部長!」
「べ、別に一目惚れなどでは」
「真田、その時何て思ったんだっけ?」
「……何も、思ってなど」
「嘘はいけないなぁ。『綺麗だから見惚れてた』、だろう?」
「…………………。」
「うっわマジっすか副部長、マジ動機がフジュンって奴じゃないっすか!!」
「う、うるさい! 大体それは小学校の低学年頃の話で…」

あっははははははは! あー、ちょっと話しすぎたかな。
まぁでも真田はそんな感じで俺に惚れてね、話しかけてきたんだよ。「お前は一体何をしてたんだ?」って。
だから俺は「テニスをしてるんだよ。キミもやってみるかい?」って言ってね。別に深い意味はなかったんだけど、多分あの時俺一人でやるのに飽きてたんじゃないかなぁって思うんだ、今では。
でね、だったら真田がやるって言ってくれたから、一緒にコートに戻ってね。一応スニーカー履いてたからスクールのコーチに許可取って、ラケット貸してルール簡単に説明して、軽く打ち合いみたいなこと始めたんだ。
最初は真田だって下手クソだったよ。ライン内にボールが入らないわネットは越えないわホームラン出すわ、誘った俺も思わず苦笑いするしかなかったよ。
でも、飲み込みは早かったね。5球ぐらいで俺とラリー出来るようになったし。袴姿にラケットはちょっと面白かったけどね。
何回かラリーしたところで真田が帰る時間になって、その日はそれで終わり。で、次に会ったのは3日後位だったかなぁ。今度はきちんとテニスする格好で来てね、スクールに入ってね。
それで改めて自己紹介したらさぁ、真田ってばすっごいショック受けたような顔をした訳よ。

「お前を女だと思っていた、と精市は言う。」
「その通りだよ。お帰り、柳。」
「そんなネタみたいなことホンマにあるんじゃのぅ。驚きじゃ。」
「…真田カッコわ」
「あの頃の幸村を知らんお前らに言われる筋合いは無いわ!」
「………どーせオレは知らないっすよ。」
「あはははは。そう拗ねないでよ、赤也。」

あの頃の俺はね、自分で言うのもなんだけど凄く可愛かったよ。
髪は肩まであったし、背も低くて細かったし、声ももう少し幼かったし。性格も今より良かったしね、何も知らなかったから。
だから真田が一目惚れしたのも理解出来るって言えば出来るよ。真田の好きそうな『守りたい弱者』だったからねぇ、ぱっと見が。

「あれ、お前さん否定せんのか?」
「……当時の俺が幸村を魅力的に感じていたのは事実だからな。さっき言っていたような感情を抱いていなかったといえば嘘になる。」
「…やっぱりユキ君の影響デカいな。」
「…惚れた弱味って奴なのか。」
「何か言ったか。」
「い、いや」
「な、なんでもねぇよ?」

「とまぁこんな訳なんだけど、どうだった赤也?」
真田が丸井とジャッカルを睨み付けている中、話し終えた幸村が切原に再度微笑みかける。すると切原は何故か首を傾げたので、幸村もそれを真似した。





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