[良き週末を](8937・ユキアカ・8720)





「デートしないか?」
立海大附属中男子テニス部部長から発せられたその一言は、部室内の空気を凍らせるには充分過ぎるほどだった。

「…それは一体、どういうことでしょうか?」
一番最初に復帰したのは紳士・柳生比呂士。眼鏡を右手の中指で上げながら冷静を装いながらも、眉間には深々と皺が寄っている。
幸村はあぁと思い出したように柳生を見る。その顔には何ら悪気はなく、かといって自分の提案を引っ込める気もさらさら無いことが書いてある。
「何って、デートだよ。デート。一緒にご飯食べたりショッピング行ったりとかする…」
「わざとだろうがそっちじゃない。柳生は」
「何で副部長なんすか!!」
段々部室内が混沌とし始める。珍しく焦りを見せる柳に真っ赤な顔で怒りを表す切原。一方で幸村からデートを申し込まれた真田は制服の長袖シャツを腕に通したまま未だに固まっている。
「何でって…それは俺が真田とデートに行きたいからに決まってるだろう?」
「なんでっ部長副部長のこと嫌いって言ってたじゃないっスか!!」
「あれは俺に対する偶像崇拝主義的なところが嫌いって言ったまでで、別に全てが嫌いと言った覚えはないよ。」
「でもっ、部長にはっ、オレがっ、」
「赤也はまた今度ね。」
笑顔で切原へ手を振る。吊り上がった目元が涙を溜め始めているのを知ってか知らずか、幸村はその顔を一瞥だにしない。流石の柳も厳しい表情でいましめる。
「精市、今の態度は無い。」
「そう? でも俺もう真田とデートするって決めたから。」
お前には関係ないと言わんばかりに、幸村は涼やかな眼差しを向ける。完全に泣きだしそうな顔になった切原と反比例するように柳が徐々に怒りの表情になっていく。
幸村・切原・柳・柳生が四者四様の感情をあらわにしている最中、その丁度中心に居た真田が我に返る。しばらく思考停止に陥っていた間に重くなっている場の雰囲気は、鈍感と称されることも多い真田でも十二分に感じ取れるほどのものだった。
幸村とそれ以外の者で睨み合いが続く。真田は考える。どうすれば何事も無くこの場が収められるか。考えて考えて、思いつかなかった。
諦めて真田は率直な感情を表へ出すことにした。溜息を付き、隣の幸村に向き直る。そして笑顔のその額にコツンと握り拳を当てた。
「いたっ。」
「何を言っとるんだお前は。」
真田の反応に幸村は唇を尖らせる。切原の表情がみるみる内に明るくなっていくのが目の端に見え、一旦のところ胸を撫で下ろす。
「真田は俺とデートに行きたくないのか?」
「それこそ赤也と一緒に行けば良いだろう。」
切原がきらきらした表情で口を開こうとした瞬間、幸村の目が変わる。今までの穏やかな濃紺から、凍り付くようなダークブルーに。
久々に直面した試合中の幸村の瞳に、真田は反射的に背筋に悪寒が走る。子供の頃からこの目をした時の幸村の言動は苦手だった。
「……部長命令。明日朝9時改札口前集合。お前が来なくても俺は待ってるから。」
「待て、俺は」
「お前に拒否権は無い。じゃあまた明日ね。」
誰の顔を見ることなく言い残し、幸村は部室を出る。部長、と切原が背中に呼び掛けるが、返ってきたのは扉が閉まる音だった。平坦かつ感情を全く表さない物言いには真田が頭を抱える。
最近は無かったが、ああなった幸村は誰になんと言われようと自分がしたい行動しかしなくなる。先程の台詞から行くと、多分雨が降ろうが槍が降ろうがずっと待ち合わせ場所で突っ立ってることだろう。大病を患っていた自分の体を何だと思っているんだ、と真田は着替えを急ぐ。
「蓮二、戸締まりを頼んだぞ。」
「……あぁ。」
幸村の後を追い掛け、真田も部室を出ていく。バタンと閉じられた扉に柳生は溜息を送る。場の空気は一段と暗く重いものになっていた。
布擦れの音だけが部室の中に満ちる。何処か殺伐とした黒い雰囲気を醸し出している3人を横目に、仁王は隣の丸井に話し掛けた。
「ブンちゃん明日何かあると?」
「ん? 明日は休みだから家に居るに決まってんだろぃ。」
ユキ君の思い付きにゃ巻き込まれたくねぇかんな。呆れた様子で丸井が声のトーンを落とす。ジャッカルも同意するように若干頷いたのが仁王の位置からでも見えた。
「…んで、お前はどうすんの?」
「どないするも何もなかとやろ。俺は参謀と一緒に居るだけよ。」
その瞬間、2人分の視線が突き刺さった気がするが仁王は敢えて無視をする。丸井は同情の目で隣を見るが、返ってきたのは慣れとるとの一言だった。
「…お先失礼します。」
「オレも帰るっす。」
柳生と切原が着替えを終え帰っていく。普段から口数の少ない同級生はともかく、ムードメーカーな後輩が押し黙ったまま足早に出て行ったことに仁王と丸井は顔を見合わせた。
嫌な予感、という程ではないが何処か居心地が悪い。柳生も切原も恋人に対しては一途である。知っている限りだと相手の真田と幸村も相当な想いで居る。それは外野の自分達よりも本人達が一番良く分かっているだろう。
仁王は横目で柳を見上げる。普段より物の扱いが荒い、分かりにくいが眉間に皺も寄っている。俺よりも付き合い長いやろうにと考えつつ、仁王は立てた襟にネクタイを巻く。
「…雅治、」
「何ね。」
「明日は暇か?」
ロッカーを閉めると金属が擦れる音がした。ジャッカルと丸井はそそくさと帰ってしまっている。案の定と思いつつ、仁王は柳に向きなおった。そして口の端を上げて笑ってみせる。

「暇じゃけど……何か面白いことがあるとね?」



+++++



翌朝8時50分。駅の改札口前から死角になる場所には立海レギュラー4人が集まっていた。
グレーのパーカーでフードを被っている切原、ラフな木綿シャツを着ている柳生、ベストと細身のジーンズを合わせた柳、黒のニット帽から銀髪がはみ出ている仁王。その視線の先にはシンプルなVネックにチノパン姿の真田が立っていた。
「真田にあるまじきオシャレじゃの。」
「当たり前でしょう、あれは私が見立てたコーディネーションです。」
仁王の疑問に柳生が眼鏡を押し上げながら返答する。それ遠回しに真田のセンスが無いって言っとるもんじゃろと思いながら仁王は後ろの2人を見る。
一晩経って落ち着いたのか、柳は普段通りにほぼ近付いている。しかし、隣の後輩は少し離れた場所からでも分かるほど、身に纏っている空気が悪化していた。
元々感情のコントロールが苦手で上手く小出しにできない『赤目』の『悪魔』にとって、一晩はあまりにも長過ぎる。フードを被って俯いたままなのは、落ち込んでいる以外の何かも勿論あるだろう。
藪をつつくのは趣味だが、蛇に噛まれるのは勘弁してほしい。仁王は切原を無視することにして、再び真田が待っている方向を見た。約束の時間までは後数分ある。
「参謀、幸村は時間通りに来る派なん?」
「3分前が63.46%、指定時間ちょうどが35.24%、遅刻は1.3%だ。」
「ではそろそろですね。」
話をしていると駅の入口に見覚えのある髪の色が確認出来た。





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