「…話はまだ終わってない!!」

その時、彼が私の腕を掴んだ。一瞬の痛みに顔を上げると、彼と目が合った。
真っ直ぐなその瞳は私の魂までも射抜く。恋い焦がれた眼差しが私だけを見つめている。それだけで私は救われた気がした。
彼が逡巡の後、ゆっくりと言葉を確かめながら私に語りかける。俺はずっと戸惑っていた、そして、間違った俺をも許そうとするお前が理解できない。でも俺は、お前に嫌われたくないと思っている。どうすればいい?と彼は言った。
私はその言葉が信じられなかった。現実なのかと思わず自分の頬をつねる。痛い、どうやら現実らしい。
まずは深呼吸をする。それから、冷静に現状を観察する。彼は私の腕を掴んだまま俯いている。肩で息をして、若干紅潮している耳を見て、急に愛おしくなった。
抱き締めたい衝動を抑え、代わりに彼の手を取る。彼の頭が上がる。赤くなっているその頬に手を当てると、熱が伝わった。まるで包み込まれるような暖かさが心を融かしていくようだった。
ああ、なんて優しい温もりなのだろう。このまま時間が止まってしまえばいいのに。そう考えていると、突然彼が動いた。
握り直された手に驚いていると、もう片方の腕も掴まれる。危ないと後ろに下がりかけて、かえってバランスを崩してしまう。彼の懐に入る直前でどうにか踏み留まったが、思いもよらない至近距離につい混乱する。

「さ、真田君。」

彼は無言のまま頷き、そのまま目を伏せた。

「…俺はお前のことを知らない。今までお前がどんなものを見てきて、どんな世界に生きてきたのかを、何一つとして知らない。」

しかし、と彼は続けた。しかし俺は今、お前のことを知りたいと思っている。もっともっと深くお前のことを知りたい。俺には恋だの愛だのいうことはまだ分からない。だからまず、お前のことを知ってから、それから俺は、俺が感じるようにお前に接しようと思う。
私は言葉の処理が追い付かなかった。
彼が私のことを知ろうとしていること。その上で彼が思うままに接したいと言っていること。色々思い浮かぶことはあるが、言葉にも行動にも出来ない。動けない私に、彼が止めを刺した。

「お前が嫌でなければ、俺は、そうお前と付き合いたい。」

どうだろうか、と彼が顔を上げる。しばらく私は彼のその真剣な眼差しに見惚れていた。しかし、頭の中で言っていた意味をようやく理解すると、急に顔が赤くなったのが分かった。
彼が私のことを見てくれようとしている。彼が私のことを知ろうとしている。あまりにも青天の霹靂ながらも嬉しいやら面食らったやらで訳が分からなくなる。さっきとは違う理由で泣きたくなった。
彼を呼ぶ声が上擦る。彼はそれに気が抜けたらしく、屋上の床に座り込んだ。つられて隣に座ると、彼が私の頭を撫でた。その表情はこれまで見たことが無いほど柔らかく、綺麗な微笑みだった。


今でも、私は幸せ者だと思います。
彼に出逢えたこと、彼を好きになれたこと。そして、彼が私自身を知った上で好きになってくれたこと。これ以上の幸せが何処にあると言うのでしょうか。
彼が存在することは私の世界は煌めく。もう私は彼無しでは生きられない。それほどまでに彼は私のすべてなのです。これを運命と言わずして、何と言うのでしょう。


「そうは思いませんか?」



[Fin.]
エピローグ:運命なんて言葉では足りないほどの(8937&8720)


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